チカイノコトバ



 どこにでもある、ありふれた言葉を。
 100円玉で買えるような、安っぽい言葉を。
 それでも君が信じるならば、僕は君に小さな言葉を誓おう。
「一緒にいよう」




 風がふわりと吹いた。暖かい風だ。
 この前まで吹きすさんでいた北風もようやく緩み始め、ここのところ暖かい日が続いている。
「ありがとうございやしたッ!!」
「ん〜、じゃあね」
 雀荘の中で威勢のいい声を上げる数人に軽く手を振ると、俺はぴしゃりと扉を閉めた。
 らしからぬ麻雀講師のようなものを始めて少し経つ。
 初めは真っ当な方法で金を稼ぎたいと始めたことなのだが、その実あまり内容は変わってないようにも思える。
「・・・ま、結局これしかナイってことなのかね」
 ひとりごちると、俺は軽く煙草を咥えた。
 先に火を付けるとじわりと熱が伝わり、吸い込んだ煙もどこか生ぬるい。
 本当に春が来ているのだと分かった。
 ・・・多分、俺が生まれて18度目の春。
 それまで季節というものを気にしたことがなかったのは、暦を気にしない性格のせいだろうか。
『あ、今日暖かいってさ』
 出かけにパジャマ姿でそう言って、見送ってくれた恋人を思い出す。
『だからコートなんかいらねーよ』
 結局コートを着ずに出てきたのだが、正解だったようだ。普段着のままでも十分暖かい。

 何か土産でも、と思って足を運んだ商店街。
 とはいえ歓楽街が近いせいか、あるいは風紀の管理が行き届いていないのか、一般の商店街とは違って色々と卑猥な商品が多い。
 そんな商品に用はないのだが、いかんせん俺自身あまり買い物をしたことがない。
 必要ならば買う。必要でないものは買わない。
 ・・・一見合理的に見えるが、その実買い方というものを知らないだけだったりする。
「ん〜・・・参ったなぁ・・・」
 時任は家を離れられない。離れるなと俺も言ってる。
 だから俺と一緒でない限り、時任はずっと家の中。言い方は悪いけど軟禁生活みたいなものだ、これも。
 家を出られないということは、一日中家にいるということで。
 猫が退屈しないためにはそれなりの猫じゃらしも必要なのだ。
「・・・・・・・・・・・・あ。」
 ふとその時、俺の視界に色褪せた広告が目に飛び込んできた。 
 露天商の看板。
 『お好きなガラスでアクセサリーを』とか下手な字で書いてある。
 こういうアクセ系の露天商は少なくないし、実際俺もよく目にする。
 だがその傍に小さい字で付け足された言葉に目を奪われた。

 『ホワイトデーのお返しにどうぞ』

 ・・・ホワイトデー。
 そう言えば今日は何日だったっけ、と思い起こす。
 この間の日曜日が10日で、時任と一緒に一日中だらだらして過ごしたはずだから。
 11、12、13・・・
「うわ。今日14日じゃん?」
 思わず自問してしまった。
 3月14日、ホワイトデー。
 いつか来るとは思っていたけれど、こんなに早く来るものだとは思っていなかった。

 先月の14日、時任はとても可愛いプレゼントをくれた。
 そのプレゼントも嬉しかったのだけど、耳を真っ赤にしながら腕を突き出すみたいにそれをくれた、その時の時任の表情が嬉しかった。
 話に聞くと、どうやら色々と辞書引いてバレンタインの意味調べたり、プレゼント捜したりしたらしい。
 ・・・その姿もちょっと見たかったかな、と思う。
『「アイ」ってさ、一緒にいたいって意味なんだろ?』
 そんなふうにぼそぼそ呟きながら、顔を真っ赤にしてる、君が好き。

 時任を拾ったのは俺。挙句の果てに軟禁生活みたいなことさせてるのも俺。
 勝手に俺のモノだと決め付けて、時任を可愛いと思ってるのも俺。
 ・・・それなのに、いつのまにか。
『・・・く、久保ちゃんが一緒にいたそうだから、いてやるんだよっ!!』
 それだけだよッ!!
 そんなふうに叫んでる時任に、心和んでしまうのは、俺。

「お客さん、何かアクセ作るの?」
 声をかけられてることに気付いて視線を落とすと、長髪にバンダナを巻いた、いかにも露天商風の男が俺を見ていた。
 軽そうな外見に似合わない人懐っこそうな笑顔を浮かべて、手元で何かをいじっている。作りかけのアクセサリーみたいだ。
 見ると、作るものだけじゃなくて、ちゃんと指輪やチョーカーなんかを売っている。
 ガラスだという価値ではなく、それはとても繊細で綺麗だ。かと思えば、いわゆるビジュアル系の人が付けるような、ドクロや骸骨のものもある。
 ・・・さて。
 どうしようか、と考えたとき、俺にふとある考えが閃いた。
「ねぇ、お兄さん。こーゆーのって自分でもつくれるの?」
 そう言って布の上に並べられた商品を示すと、男は少し戸惑ったように、
「ん〜・・・作れないことはないけど、ちょっと手間かかるよ?・・・俺が作ろうか?」
「いや。自分で作りたいからさ」
 ふうん、と露天商の男は頷いた。
「何かワケありだねぇ。・・・あ、ひょっとして恋人へのプレゼントかい?」
 いやぁ、若いねぇ。
 外見上はあまり年が違う風でもない男は屈託なくそう言ってひやかすと、手元の器具を幾つか貸してくれた。
「じゃ、これとこれ・・・これをこうして・・・こうすれば出来るから」 
 手元のいらなくなった材料で手早く方法を教えてくれる。
「あ。あと、モトになるガラスがいるんだけど・・・」
 どれがいい?と手元の売り物のガラスを指す。
「いや」
 俺は首を横に振った。
 短くなった煙草を足元へ押し付けて消すと、いつもポケットの中で肌身離さず持ち歩いているそれを引っ張り出した。
 ただのガラス。丸い、丸い。どこにでも売ってるような、紫色のビー玉。
 ―――だけど、俺にとってはたった一つの。
「へぇ、ソレ使うの?」
「使える?」
「ま、大丈夫だと思うけどね」
 露天商の男は注意深くそれを受け取ると、手のひらで軽く転がして、日にかざした。
「・・・綺麗だねぇ」
「でしょ?」
 俺は笑った。

「ただいま〜・・・」
 結局帰るのが遅くなってしまった。
 露天商のところで結局3時間ほど粘っていて、何とかそれなりのものが仕上がった。
 それを突っ込んだポケットの中でぎゅっと握り、玄関の扉を開いた。
 家の中は暗い。
 当たり前だ。あと数時間で日付が変わろうかという時間だ。
 眠っているのか、あるいはおなかがすいて動けないのか。
 そんなことを考えつつ居間に入ると、果たしてそこには一匹の猫が体を丸めていた。
 羽織ったらしい俺のシャツは時任には少し大きくて、はだけた肩がなんとも言えず、可愛くて。
「時任〜?寝てんの?」
「むぅ・・・」
 耳元で囁いてやると、眠たげに目を擦りながらむくりと時任は起きた。
「起きてる〜・・・」
「いや、寝てるし。」
 ぼうっとした顔で、やっと時任は俺を見つけたように頬を緩ませると、そのままズルズルと俺の体に倒れこんだ。
「遅ぇよ、久保ちゃん・・・」
「ん。ゴメン」
 ちょっと寄り道しててさ。
 そう言いながら、俺はポケットから一つ、ソレを出した。
 ポケットの中の紙袋の音に気付いたのか、不思議そうに時任が視線をやる。
「・・・なに?」
「いいから、ちょっと目を閉じてて」
 そう言うと、不可思議な顔をしながらも、時任は目を閉じた。
 同い年のくせに俺より幾分若く見えるその顔は、目を閉じるともっと幼く見えた。
「・・・何か、結婚式みたい。」
「なッ、ナニ恥ずかしいこと言ってんだよ!!」
 目を閉じたまま、顔を紅くして時任は言う。・・・照れてるの?
 俺は何の躊躇いもなくその唇に唇を触れさせると、指の間に挟んだソレを、時任の耳にカチリと付けた。
 びくっと時任の体が震える。
 付けたばかりのソレも、ふるりと時任の左耳で揺れた。
「え!?ちょ、ちょっと久保ちゃん、何付けた・・・む・・・ん・・・・」
 騒ぎかけた唇を、唇で塞ぐ。
 幼くて、甘くて、柔らかい。
 そのぬくもりを十分に味わってから唇を離すと、時任はぼんやりしたような瞳で俺を見ていた。
 ・・・ちょっとやりすぎたかな。
「・・・コレ・・・」
 そう言いつつ、左耳に手をやる。
 俺はポケットの中から、もう一つのソレを取り出した。
「じゃん。」
 紫色。
 ガラスの。
 ・・・どこにでもありふれた、ガラスの。
 ―――だけど俺には、たった一つの。
「・・・カフス」
「そ」
 二つに分けたせいで一回り小さくなったそれは、ちょうど耳たぶに収まる大きさになって手のひらに転がっている。
 だってチョーカーだと時任に抱きつけないし。指輪だとあからさまだし。
 カフスが大きさの上でも一番良かったんだ。
 シンプルな形のソレは、わずかに入る光を跳ね返して、それでも綺麗で。
「・・・久保ちゃんが作ったの?」
「アレ?何でバレたの??」
 そう尋ねると、時任はちょっと視線をそらしながら、
「コレ、あれだろ?ホラ、俺が前に久保ちゃんにあげた・・・」
『久保ちゃんの瞳みたいだったから』
 そういいつつ、時任がくれたガラス玉。
 俺の瞳は、こんなに綺麗じゃないけどね。
「・・・そ。アレを半分こして作ったの」
 一つは時任の耳に付いてるヤツね。
「え。じゃあ、これは・・・?」
 時任が俺の手のひらに転がる、もう一つのカフスを示す。
 透き通る紫色の、ガラスのカフス。
 ・・・ねぇ、結婚式みたいじゃない?
「時任が付けてよ・・・俺にさ。」
 ね、指輪の交換みたいじゃない?

「それじゃ、誓いの言葉。」
 そう呟くと、時任が付けてくれたカフスが揺れる。

「・・・一緒にいよう。」

 二人だけの結婚式をしよう。
 薄暗がりの中で、誰にも聞こえない誓いの言葉を呟こう。
 そして、口付けを。
「時任・・・」
「ん?」
 そうして俺を見る瞳が一瞬紫色に見えて、すぐにそれはカフスのせいだと分かって。
「・・・同じ色だよ、俺達。」
 そう呟くと、君は笑った。



 どこにでもある、ありふれた言葉を。
 100円玉で買えるような、安っぽい言葉を。
 それでも君が信じるならば、僕の言葉を信じるならば、

 ・・・誓いの言葉を、君に。

 

 

 


 (終)






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