遠ざかりの視線




 見上げる空は仄かに青く、太陽は眩しい。
 どんなに見つめたって目を眩ましてしまうだけで正確に把握できない太陽の色を、赤、と記す国があるのだと言う。遠い東方の島国には。
 夕暮れや朝焼けでもあるまいし、太陽が赤い、なんて。
「嘘でしょう」
「嘘なものか」
 アレンより僅かに背の高い黒髪の少年は、軽蔑するがごとく目を細めて、自分より数段下の石段に座り込んでいるアレンを見下ろした。
 きちんと一筋のほつれもなく結い上げられた黒髪は、まるで少年の気性そのものを現しているかのようで、見下す視線に従って微かに揺れる。
 解いたら腰ほどもあるのだろうか、と思われるくらいに長い黒髪だ。戦闘に邪魔になることもあるだろうに、どうして伸ばしているのだろう、と思ってはいるけれど、聞いたことは終ぞ無い。
「だってどう見たって赤には」
「でも黄色でもないだろう。青でも無いし、緑でも無い」
 アレンの言葉を遮って繰り出された少年――神田の言葉は、彼にしては数が多い。
 それが、数は少ないけれど、神田の機嫌の善いときの兆候であると、アレンは知っている。
「ただ、そう見えなくても俺の国では太陽は紅いし――ここいらでは太陽は黄色だ」
 そう言って眩しそうに一瞬神田は空を見遣った。
 前髪にてのひらを翳すようにして。
 つられてアレンも見上げる。
 この太陽がどれだけの距離ここから離れているのか、アレンは知らない。
 けれど輪郭さえぼやかしてしまったそれの色を何とか見極めようとして――目に痛みが走る。
 慌ててそっと目を閉じたのだけれど、閉じた瞼の中にはまあるく残像が残ってしまった。
「馬鹿か、太陽を凝視するな」
 小さく溜息をつく気配と共に、神田がアレンのところまで降りてくる。
「見せてみろ」
 その台詞に、押さえていた指をばらばらとほどくと、閉じたまま瞼を神田の前に晒す。
 まだ瞼の裏に残っている補色でアタマの中がちかちかするけれど、それは仕方なかった。
「ほら」
 顎を持ち上げられて、目を開けろ、と促される。
 目を開けてもまだ残っている色違いの残像にうんざりしながら、大丈夫ですよ、と答えようとしたとき。
「      」
 小さく、くぐもった声で聞きなれた言葉が囁かれたような気がして。
(え?)
 問い返す暇もなく、乾いた何かが唇に触れる。
 一度。
 瞬間で離れて、二度。
(……あ)
 二度目の口付けでそれと気付いたアレンは、目を閉じて、顔から火が出るかと思うほどに真っ赤になりそうなのを必死で堪える。
 存在長く触れ合った後に、す、と離れた唇は、すぐに気配さえ残さずいなくなった。
 目を開くと既に視力は回復していて、目の前には誰もおらず、
(……?)
 振り向けば彼は何事も無かったかのように剣の手入れをしていた。
「神田?」
「……何だ」
「――何でもない」
(さっき)
(神田)
(僕のこと)
 アレンはもう一度空を見上げながら目を細める。

(アレンって)
(呼んだ気がしたんだけど)

 そう呼ばれるのは今までに一度か二度あるかないかで――つまりはとても珍しいことだったので。
 もしかすると聞き違いだったのかもしれないけれど。
「ユウ」
 そう呼ぶと、神田の動きがぴしりと止まって、膝の上の剣がするりと転げ落ちそうになった。
 睨み付ける視線はいつもどおりで、
「その名前で呼ぶな」
 という剣呑を含んだ台詞もいつもどおりで。
 けれども、まだ位置の高い太陽にうつしだされたその頬が少しだけ。
(さっきの僕と同じ)

 だから、ああ、やっぱりあれは聞き違いじゃなかったんだ、と思うと、今度は自分の頬の方が熱くなってくるのを感じ、アレンは口許を覆って視線を逸らした。



(終)


ESCAPEより。初々しいお二人をお届けしました(笑)
個人的には神アレも好きです。ラビアレも好きだけど。
もう二人でアレンを取り合って下されば……!!!(オイ)


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