Fly The Flag




「ね、どうします」
 胸元を緩めながらアレンは笑った。
 息が荒い。
 赤みがさした頬には汗で銀髪が張り付き、まるで真上から雨をかぶったような風体だ。
 それは自分も同じか、と神田は自分の身を見下ろして思った。
 千切れたコートの袖。破れたシャツ。指先で触れて、胸に置かれたローズクロスが少しも傷ついていないのを可笑しく思う。
 既に、黒髪を束ねていた紐は何処かに飛んでしまった。
 鬱陶しくなった自分の髪をざらりと払って、
「この状況で、それを聞くか」
 嫌味たっぷりで言ってやったつもりだったのに、自分でも自分の息が上がって声が途切れるのに気付き、目を細める。
 アレンの、くすりと笑う声が空気を響かせて伝わった。
「この状況だから、聞くんですよ」
 壁ひとつ隔てた向こうに存在する無数のアクマ。
 突然の襲撃に身を構える暇も無く打ちのめされ、しくじった、と思うより先に剣と腕が動いていた。
 今も右腕にぶらりとぶら下がっている神田のイノセンスは、今は発動する力を与えられずに、単純に鈍い煌きを放つ得物と化している。
「あーあ、折角ゆっくり街でも歩ける時間が出来たかと思えば」
 現状を理解出来ているのだろうかいないのだろうか、まるで呑気なアレンの声が聞こえる。
 その声に、今日に限って苛立たない自分に気付いて、神田は片眉を上げた。
「のんびり歩いてるからアクマに襲われるんだろうが」
「それは神田だって同じでしょう」
「俺はテメエみたいにトロトロ歩いちゃいねえよ」
 そう言い返してやると、アレンが口許を上げた。
「でも、同じ歩幅だった癖に」
 息が止まって返答が出来なくなる。
 背後までアクマの気配が迫っているのを感じていた。それなのに――アレンの声だけが響く。
「そういうところ、好きですよ」
 小さく笑う気配が伝わる。
 カッと、神田の中に、ぶわっと苛立ちにも憤りにも羞恥にも似通った感情が体中を駆け巡った。
「勝手に言ってろ」
 視線を地面に逸らせば、コートの裾が千切れてひらひらと舞っているのが見えた。
 地面の暗さに溶け込んでしまいそうなコートの色。
 あ、とアレンが気付いたように明るい声で言った。
「白旗でも揚げてみますか」
「……は?」
「降参宣言、だってもぉ無理ですよ、僕、左手動かないですもん」
 そう言って、手首から先がぶらりとたれ下がった自分の左腕を示す。イノセンスを発動させていないその部分は、色こそ毒々しくはあるが、きちんと人間のそれの形をしていた。
 その言葉と仕草が、「どうします?」の彼なりの自答であると気付き、心から溜息をつく。
 降参して戦いが終わる、それで済んでハイお仕舞い、と言った簡単なことではないくらい、アレンにでも判っているはずなのに。
 そもそもアクマに白旗なんて通じるのか、と思ってしまった自分に、
(俺もいい加減毒されてきたな)
 とこめかみを押さえる。
 ちらりと見遣る目は、前髪の隙間から神田を見ていた。
(そんなことを言いながら)
(誰にも負けないような)
(目をして)
 神田は右腕に力が篭るのが判った。
 ヴン、と低い音を立てて六幻を発動させる。
「揚げてみるか」
 そう言った声に、アレンが目を丸くする。
 まさか神田がそんなことを言うなんて思ってもみなかったのだろう。
(当然だ)
(俺だって思っちゃいない)
 自暴なのか自棄なのか、六幻を一振りすると、それでアレンの胸元を指す。
(それでもオマエと負ける気はしない)

「白布の持ち合わせはないからな、どうせなら黒旗を」

 指されたアレンのローズクロスが揺れる。
 珍しく持ち上げられた神田の口許に同調するかのように、アレンが苦笑する。
「困ったな」
 ヴ、と短い音でアレンのイノセンスが発動する。
「まだ、脱げないんですよ、このコート」
 凭れ掛っていた壁から立ち上がる。
 近づくのを見計らって神田も足を動かす。
「俺も同じだ」
 そう言うと、アレンが同じ歩幅で笑った。




(終)


ESCAPEより。
B'zのアルバム「THE CIRCLE」からタイトルをピックアップして書いていたのですが、「旗」ということでこんな感じになりました。
リズム重視で余計なところをガリガリ削ったので、文章の意味が判らないところがあったらスミマセン……(いつもそうだろ)


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