満月


 満月は本当に飴玉のように円く、目が眩むほどに白い。
「知ってるか? 満月って狼男が出るらしいぜ」
「オオカミオトコ……? 何だ、それは」
「知るかよ。狼みてえな男だろ、きっと」
「何故そんな男が出るんだ?」
「知らねー。月が好きなんだろ」
 そんな他愛無い会話をしながら、ぼんやりと空を眺めている。漆黒の闇は今や月の影に隠れ、都会の空でも影が出来るほどに月は輝いている。
 自分の影より、彼の影がほんの少し長い。それがエドの気に障り、影など見ないように足をすすめた。
 解いたままの髪が、鬱陶しく首元に絡む。
 それを跳ね除けていつもより早足で歩くと、いつもは気にならない機械鎧のガチャガチャという音が耳についた。だから、いつもなら言わないような下らない文句が口をつく。
「俺は月なんて自慢気でヤだね。さも自分は綺麗だ、なんて顔してさ。周りが暗いんだから光って当たり前じゃねーか」
「嫌いなのか?」
「べっつにー。どっかの大佐ほどじゃねえし」
 エドはついそんな口を利いた。
 ロイはそんなエドの後を何も言わずについてくる。
 子供じみたことを言っているのは自分でもよく分かっていたから、せめてそれを指摘してくれればストレスの発散に言い合いにでも出来るのに、今日のロイは何も言わない。
 エドはイライラした。
「大体さ、月って太陽の光浴びて光ってンだろ。それって自分の力でもねーのに、威張りやがって」
「……」
「あんな高いとこで光ってさ、俺たちを馬鹿にしてんのかも」
「……」
「ま、馬鹿にしてンのはアンタも同じか?」
 同胞者、とエドは後ろを歩くロイに言った。
 だが、やはりロイから返事が無い。先ほどから心あらずといった感じなのが気に入らない。
 今日は月が綺麗だから家まで来い、とよく分からない理由をつけて招いたのはロイの方なのに。
 ロイの家が近づくにつれ、エドは足が重くなっていくのを感じた。
 その沈黙が我慢出来なくなり、エドは振り返って叫んだ。
「何なんだよ! さっきからずっと黙りこくって!!」
 激昂するエドに、ロイは珍しく唖然とした表情をしていた。
 焦点がエドの目に合うまで少しかかり、エドが自分に激昂しているのに気付くまで、また少しかかったようだった。
「……すまん」
 いつもの彼と違う様子に、エドは怒りで膨らんだ気持ちに穴があいたように、ぷしゅーと勢いが抜けていくのが分かった。
「どうしたんだよ、らしくねーじゃん」
「ああ……その」
 大佐は握った手を口元に当て、視線を逸らした。
「髪が……」
 という。
 「髪?」とエドがロイの髪を指差すと、ロイは首を横に振った。濡れた烏の羽のような漆黒の髪。それでないとすれば、
「俺の?」
 エドがそう言うと、ロイはこっくりと頷いた。
 エドは伸ばしっぱなしの金の髪を数房掴むと、後ろへかきあげ、首をかしげた。
「俺の髪がどうかした?」
「その……意外と、長いんだな」
「まーな。ずっと切ってないし」
「いつも括っているから気付かなかった」
「そっか。……で、それがどうかした?」
 街路に移る影の一つが、ビクリと肩を震わせ、僅かに顔を俯かせた。
 街灯の影になり、エドからロイの表情は分からない。
 じれったく思っていると、ロイは「……何でもない」と低く呟いた。
 そして表情を隠したままエドを追い越し、そのまますたすたと自分の家に向かって歩き始める。ちょっと待てよ、とエドはロイより幾分短いコンパスを動かした。
「何でもないって何だよ!」
「……気にするな」
「だぁーッ!気になる!っていうか何なんだよ!ハッキリ言えよ」
「……言えん」
「そーゆーふうにじれったいの嫌いなんだっつーの!」
 嫌い、という言葉に反応したのか、ロイが足を止め、エドを振り返った。そのとき僅かにロイの顔が赤いような気がしたのは、きっと街灯のせいだろう。
「……髪ほどいたままで、夜、街を歩くな」
 でなければ、狼男とやらが頻出する。
 ロイはそれだけ言うと漆黒の髪で表情を隠し、また街路を歩き始めた。エドは一瞬だけ動きを止めると、「何だよそれ」と唇を尖らせ、ロイの後を追いかけた。

 それは満月の夜の、ほんの少しの物語。


(終)

2004/02/07


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