Dominant.


「……きゅーくつ」
 と呟いた。
 広い二人掛けのソファに並んで座るならまだしも、彼がソファの肘掛に足を置いて横になっている、その隣に座っているから、もうひとつの肘掛と彼の間に挟まれる自分が否応なくとも小さくなっていく気がする。
 彼の黒い髪がぱさりと右肩に触れる。
 決して狭いソファではない。
 だが大佐という肩書きを持つこの男の部屋に、元々は接客用として設けられた黒皮の豪勢なソファは、殆ど彼が眠る以外に使用されることはないのではないかと思わせる程に、肌に馴染まない。
 長い足を見せ付けるように、うんと伸ばしてソファの肘掛から突き出しているロイの枕は、何であろうエドなわけで。
 そんな無理な体勢で本格的に眠れるわけもないから、ただ単にこれは自分をからかって面白がっているだけなのだとエドも知っている。
 だから余計に溜息が増える。手元にあるのは真実とも噂とも知れぬ賢者の石の書類。それも膨大な量の。
 そうやって仕事もせずに寝そべっているくらいなら、手伝ってくれればいいものを。
 唇を尖らせてみるが、彼の薄い唇は閉じられたままで一向に開かれない。
 エドが部屋を訪れるまでは仕事をしているのに、訪れた途端にこの有様だ。
「なあ、狭いんだけど」 
「確かに足が余るな」
「じゃあ向かいのソファで寝ろよ」
「嫌だね」
 と彼は口元を上げて言う。
 ソファは一対。
 その片方だけに二人は固まって座っている。傍から見れば馬鹿みたいな光景だろう、とエドは思う。
 ほら、またこうして彼は自分をからかうのだ。
「嫌がらせならやめろ。オレはそんなに暇じゃねーんだ」
「生憎私も眠れないんだ。何せこの枕は煩くって」
 トントン、と指先で『枕』を小突かれる。
 小突かれたのはエドの右腕。
「悪うござんしたね、鋼の枕で」
「いや寝心地は善いよ。ただ持ち主が喧しくて」
「その喧しい持ち主の腕を枕にするのが間違ってんだろ」
 ロイはエドの右半身に凭れかかるようにして目を閉じている。
 お陰でエドは背伸びすることも身じろぐことも出来ない。
 その場所が当たり前、というようにロイが動かないものだから、
 エドも立ち上がるわけにもいかない。
 時折ロイが、狭いソファの上でわざと寝返りを打つ。
 ぱさぱさと黒髪が揺れる。
 もし左半身にロイの体を預かっていたなら、きっとくすぐったくて仕方なかったろう、と思う。そう思えば、右の鋼の腕が枕であったことに感謝すべきだ。
 ふと書類を持つ左手を見る。感覚のある左腕。左はエドの利き手だ。
 そう言えば、いつか聞いたことがある。
 軍人は、誰と居るときも必ず利き手を自由にするのだと言う。
 だからどんな時でも利き手を使えるように、右利きの人間は左隣に人間を置きたがり、左利きの人間は右隣に人間を置きたがるのだという。
『隣に座る者をも信じない、そんな人間たちだ、軍の狗は』
 彼女はそう言った。
『それとも隣に座る者のみを護るための我侭さ』
 我侭。
 この左手があれば、両手を合わせて練成が出来なくとも、たとえばアルのように練成陣を描いて錬金術が行える。
 それだけの重みがあるのだ、と思った途端に、白い手袋を外した左手の肌色が何とも色褪せたように見えたのはエドの気のせいだろうか。
 それでも、我侭で自分は軍の狗になったのだ。
 自分の護りたいものだけを護るために、そうなったのだ。
 ふとロイの手が伸びてエドの手首を掴んだ。
 その左腕の手首を。
「細いな」
「……大佐」
 吃驚させるなよ、とエドは呟く。
 何を考えているのかいつも分からない。
 彼にはどうやら自分の思考が分かっているらしいのに。
「お前の手が暇そうにしているから」
 とロイは目を閉じたまま笑むと、己の右手をエドの左手に絡めた。
 利き手と利き手の指がするりと絡む。
 それが当然であることのように。
 ばさりと書類が派手に落ちる。
 エドはそれを拾わない。
「……言ってろ、バカ大佐」
 彼は目を閉じているだろうが、
 エドは顔を背けた。
 真っ赤になっているのを知られたくなかったからだ。

 アンタは馬鹿だ、と呟く。
 オレの左手とアンタの右手を繋いだら、誰が俺たちを護るっていうんだ。

 


 

(終)


炎さまリク「爽やかな大佐と不機嫌なエド」ということでしたが……違くないかコレ……(汗)
大佐爽やかじゃないし!寝てるだけだし!!

2004/06/03


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