Fill you with me.



 それは多分、私の聞き間違いだと思った。
 だから何も聞かなかったふりをして、何も問わずに仕事を続けようとしたところで、彼が私の万年筆を弾き飛ばしてインクが飛び散った。
 からん、と乾いた音をして愛用のそれが床に転がるのも見ずに、私は燃え立つような彼の目を見た。
 いつもと同じまっすぐの視線だ。
 私は椅子を立ち、机の前にいる彼の傍に立った。
 椅子に座っているときは見下ろされる距離だった視線が、今は見上げる視線となって私の目を射る。
 そうすると、その真っ直ぐの視線がゆらりと揺れて、次の瞬間、彼は傾れ落ちるように、私の胸にとさりと頭を預けた。
 それが肩ごと小刻みに震える。
「何をそんなに震えている」
 彼は答えなかった。
 ただ強く私の服の裾を引いて、皺が出来るほどに握り締めるものだから、私は手のひらのやり場に困る。
 どうせなら裾ではなく手のひらを求めれば善いのに。
「怖いか」
 彼はやはり何も言わなかったが、ゆるりと裾に縮こまった拳を解いて指を絡めてやると、ほう、と一瞬小さく息をついた。
 今度こそ指先が強く求められることに私は安堵する。
(後戻りが出来ないんだ)
(オレはもう、多分)
(こっから先)
(戻れなくなる)
 君に確かに軍服は似合わない、と私は思う。
 紺碧の軍服に金色の髪は映えたが、同時にその色は彼の華奢な顔立ちまでも浮かび上がらせ、そのせいか顔色が悪く見える。
 もっとも顔色が悪いのは軍服のせいだけではないのだろう。
 彼は明日、ひとを殺しにゆくのだから。
(前線に行けと命令が下った)
 と言ったのは私だ。
(こんなときが来ることくらい、君ならば)
 判っていたんだろう、と突き放したのも、私だ。
 それでも確かに彼に軍服は似合わない。
 その人殺しの服の色は。
「――――」
 彼の唇が小さく動いた気がした。
 ゆるりとほんの一度だけ。
 絡められた指先に力が篭り、私を引き寄せる。
「抱けよ」
 と彼はもう一度小さく言った。
 そして今にも泣き出しそうな顔で前髪の隙間から私を見上げ、
「……抱いてくれ」
 明日のことなど何も考えずに済むように、と言う。
 それは私の聞き間違いなどではなかったのだ。
 私は震える唇を無意識のうちに己のそれで塞いだ。そしてそれはやがて深いものになっていく。

 私はただ潰れるほどにその小さな体を腕の中に閉じ込めて、苦しくなるほどに強く強く抱きながら、
 君が総て私で満たされていれば善いのに、と願った。

(終)


我ながらネーミングセンス無いな(笑)
日記で突発的に書いたSS。ちょこちょこ直してますが殆ど原文。
軍服エドはもうちょっときちんと書きたい……。
2004/08/01


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