初めての日




 さんぞー、と言うのは、三蔵と書くらしい。
 本当は三蔵というのは名前ではなくて、ヤクショクだとかショウゴウだとかいうものらしいんだけど、その人はそう名乗ったから、俺にとってはそれでいい。
 いいって三蔵が言ったから、それでいい。
 とりあえず俺は、目が覚めてから、柔らかいシーツの上にいることに、大分慣れた。
 冷たい岩の上じゃないことに、慣れた。
 すぐ傍に誰かいることに、慣れてきた。
 起きるといつも、三蔵は俺より早く起きて俺の隣で俺を見ていて、寝顔を見られたんじゃないかと思って、俺は恥ずかしくなる。
 だから俺は、起きても少しの間は寝ている振りをする。
 三蔵は何も言わず、俺の横に寝そべったままで、じっと俺の顔を見ている。
 俺はしばらくするとそれに我慢できなくなって、それからようやく起きた振りをする。
 うーん、と唸って背伸びをして、それから欠伸を一つして、ゆっくりを目を開いて、それから、『おはよ』って言う。
 三蔵は、おはようとは言わずに、片方の眉だけ上げて、よく見れば寝癖のついた頭で、『よく眠れたか?』って聞く。
 いつもその言葉は一緒。俺がここ(っていうのはジインっていうらしいんだけど)に来てから、ずっとそう。
 俺はこくりと頷いて、へへ、と笑う。やっぱり寝顔を見られたのが恥ずかしいからだ。
 三蔵は俺が笑うのを見て、体を起こして、軽く着ているものを整えると、『朝飯だ。さっさと起きろ』ってぶっきらぼうに言う。
 俺も慌ててベッドから下りる。三蔵はそれを待っててくれる。
 それから朝飯を食べに行く。
 俺は、三蔵は、俺が起きてるときより、寝てるときの方が優しいんじゃないかって思う。
 たまに髪を撫でてくれたり、毛布を掛けなおしてくれたりする。俺はそういうとき、大体目が覚めるんだけど、やっぱり寝てる振りをする。
 どうしてって言われたら困るんだけど、三蔵が嫌がるんじゃないかと思って。

 それなのに、今朝は違った。

 俺が目が覚めて、隣に三蔵がいる。それは一緒なんだけど。
 すう、と小さな寝息がして、いつもと違うことに俺は気が付いた。
 ゆっくりと目を開けても、三蔵の紫の瞳はどこにも見えない。
 いつも綺麗な紫は、今日はしっかりと閉じていて、瞼には睫毛が掛かっている。
 こうしてみると、三蔵の睫毛って滅茶苦茶長い。邪魔になったりしないのかな。ちょっと不思議。
 小さな寝息は、三蔵のものだった。いつも煙草を咥えてる唇も閉じて、そこからぶっきらぼうな言葉が出てくる気配も無い。
 三蔵が、寝ている。
 俺がそのことを理解するのに、ちょっと掛かった。
 時間が早いのかと思ったけれど、時計を見ると、俺が起きるのと同じ時間だった。
 じゃ、三蔵が寝坊したんだ。
 いつも真面目で無愛想な顔している三蔵が寝坊なんて、と思って、俺はちょっと笑ってしまった。
 そして、折角だから三蔵の顔を覗き込んでみる。
 三蔵は、いつもこんなふうに俺を見てるのかな。
 俺、よだれとか垂らしてないよな。それってすげぇ恥ずかしいかも。
 瞳を閉じた三蔵は、いつもの三蔵よりも、ちょっとだけ優しい顔をしてる。紫の目は綺麗だけど、どきっとするときがあるから。どきっとしない分、三蔵が優しく見えるのかな。
 金いろの髪が、窓から入る光にちらちらと反射して、すごく綺麗。俺は少しだけうっとりした。
 触ってみたかったけど、そしたら三蔵は起きるだろうから、俺は考えた挙句に手を引っ込めた。
 起きてるときは、やっぱ触らしてくんないんだろうな。三蔵、この金いろの髪、あんまり好きじゃないみたいだし。
 俺は好きなんだけどな。前にそう言ったら、あっさり『馬鹿が馬鹿を言うな』って蹴散らされちゃった。
 でも俺は知ってる。俺がそう言ってから、三蔵は一度も髪を切ってないこと。
 俺がたまに風呂場で三蔵の髪に触って、『伸びたね』って言うと、口元が小さく上がること。
 知ってるけど、知らない振りをする。髪を撫でてくれるときに狸寝入りしちゃうのと一緒で、三蔵が困るんじゃないかと思うから。
 そんなことをぼんやり考えてたら、『ん』って三蔵が身じろいで、すぐに紫の瞳が開いた。
 その瞳の視点が、ちょっとあちこちを彷徨ってから、俺に定まる。
 俺が起きていて、自分が寝ていたことに気付いたのか、瞳を細めて頭を掻いて、金いろの髪をくしゃくしゃにした。
 俺は、もう言う言葉を決めていたから、開いた紫の瞳を見て、それから笑って、
「よく寝れた?」
 と聞いた。


 初めての日。
 初めて三蔵よりも早起きした日。
 初めて三蔵が寝坊した日。
 
 初めて俺が、ちょっとだけ三蔵になれた日。






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