真っ直ぐ立った花茎に、ぐるぐると巻きつくように花を付ける。
 それは赤紫の花の螺旋を描いて伸びていく。
 何処へ行くのか。
 問うても、花は揺れるのみ。

 

 "ネジバナ"

 

「……で、何だコレは」
 三蔵は窓際に置かれた鉢植えの植物を見て、一言ぽつりとそう言った。
 肩ほどに伸びた金髪がキラキラと太陽の光を乱す。
 その光に振り向いた悟空は、笑いながらきっぱりと言った。
「咲いてたの」
 あ、そう。
 ということも出来ず、三蔵は寝起きの帯を締めながら寝台から立ち上がった。
 寺院の床は生ぬるい。日が完全に頂点に辿り着くまでの心地良いぬるさだ。これが完全に南中してしまったら、もう初夏だ、昨日と同じ蝕むような暑さになるのだろう。
「どこにだ」
「川の土手」
「……何しに」
「散歩だよ」
 何でそんなこと聞くんだよ、と悟空は苦笑した。
 こちらは伸ばした茶色の髪をきちんと結ってある。
 額の禁錮が鈍く光を反射する。
 三蔵は窓際まで草履をつっかけると、小さな鉢植えを見下ろした。
 植物、なのだろう。
 薄緑色の茎に巻きつくように赤紫色が彩られている。一見すると、アスパラガスにリボンでもぐるぐると巻きつけたような。
 変な植物だ。
「……俺の見立てに文句あるの」
 どうやらさっきの言葉は声になっていたらしい。
「ところで何で鉢植えなんだ」
 咲いていた花を摘んできたというのなら判るが、その茎の根元はしっかりと土に埋もれている。
 まさか根ごと引っこ抜いてきたわけでもあるまい。
「いや、綺麗だから摘んじゃうと勿体無いなと思って」
「ほう」
「寺の鉢を一個拝借……ッイテ」
「勝手に拝借すんじゃねえよ」 
 ぽかりと一つ頭を叩くと、悟空は大袈裟に頭を押さえて涙目になっている。
「いーじゃんか。どうせ裏庭に放ってあったヤツだし」
「よくねえよ。数えたらバレるだろうが」
「黙ってりゃ判んないって」
 悟空はぱたぱたと右手を振ってみせる。
 その姿に、はァ、と三蔵は脱力した。
「珈琲、淹れろ」 
「入ってるよ。飲む?」
「濃いのな」
 ハイハイ、と悟空は水場に立った。
 すぐにカップを二つ持って戻って来る。
「熱いよ」
「判ってる」
 悟空はカップの淵を持って三蔵にそれを渡した。
 本当に耳朶に指先を持っていきたくなるほどの熱さだ。
 数年前には満足に茶を淹れることも出来なかったのに、きちんとカップを温めることも覚えた。
 学習能力は持ち合わせているらしい。
 太陽は窓から見えないが、その光は影となって床に落ちている。
 見える空は青い。
「今日も暑くなるのか」
「俺は天気予報士じゃないって」
「聞いただけだろ」
「じゃあこの天気で、あと数秒で雪が降りますとか言ったら信じる?」
「ヒョウなら信じる」
「嘘つけ」
 悟空はそう言って笑った。
 それでも三蔵は、悟空がそう祈れば雨でも雪でも何でも降るような気がした。
 そういう存在だということを知っているわけではない。それでも薄々判るようになった。
 どれもこれも悟空が拾ってきたときには小さく細かった植物が、三蔵の寝室の窓際から庭へ向かって、零れるようにその先を伸ばしている。
 窓際に飾れなくなって、実際に零れてしまったものもある。
 それは、寺院を訪れたものが、「あれは何の部屋か」と三蔵に尋ねるほどであるから、相当なものだ。
 部屋の内側にいる分には鬱陶しいことは無いが、外から見れば鬱蒼と茂っているようにも見える。
 朝早く起きてこれらの世話をしているのだから、悟空も人間よりもこれらに近いのかもしれない。 
 冗談でなくそう思うようになったのは、どれくらい前だったか。
 そうであったからといって何も変わらない。
 悟空が二酸化炭素を吸って太陽光で澱粉を作り出したとしても、
 いや、それは流石にちょっと困るかもしれない、と三蔵は自分の想像を取り消した。
「何で起きて早々、百面相してんの」
「気にするな」
「別にしてねえけど」
 悟空はあっさりと答える。
 三蔵はようやく口をつけられるようになった珈琲に唇をつけながら、
「で、何だコレは」
 と本日二度目の台詞を吐いた。
 巻き螺子を逆向きにして土の中に埋めたような植物だ。
「ネジバナ」
 悟空はミルクと砂糖と入れた珈琲に口をつけて言う。
「まんまじゃねえか」 
「俺が付けたんだもん」
「……」
「嘘。ホントにネジバナって言うの、コレ。」
 八百屋の小父さんに聞いたから、と悟空は言った。
「何故に八百屋」
「あ、そこに突っ込むの」
「いや、何でも無え」
 段々ペースに乗せられているような気がする。
 気のせいにしておく。とりあえず今は。
「それにしても見事な曲率だな」
 螺旋に花茎にまとわる花。
 その大きさは爪の先ほどしかない。
「左巻きも右巻きもあるんだって」
「小さいくせに生意気だ」
「大きさは関係無えだろ」
 花は蘭に似ている。それでも全体に満遍なく螺旋を描くために、鈴蘭のように片方にもたれたりしない。
 ぴん、と背筋を伸ばして天井に向かう。
 いや、更にその上か。
「けどさ、踏み潰しちゃいそうになって、それで気付いたの」
「案外踏み潰したら夢に出てくるんだろ」
「『よくも踏み潰したなぁ〜』って? ありえねえよ」
 悟空は散々笑い転げた後、窓際にふと目をやった。
「でもネジくれてるのに綺麗なんて、まるで」


 光のよく当たる所に植物を移動させてくる、と部屋を出て行った。一度廊下に出ないと、外に出ることは出来ない。
 窓の外に悟空が現れるのを待ちながら、三蔵はぼんやりと螺子花を見つめる。
 一輪が一輪を追いかけ、それがひとつの螺旋を描く。この一輪はきっと自分達が螺旋を描くことなど知らないのだろう。
 どこまで辿り着くのかも知らずに、追いかけて蕾を付け、花を咲かせ、いつかは。
 いつも目線の先で笑う、
『どっかの誰かさんみたいだと思ってさ』
 あんなふうになるのだろうか。
 花茎を伸ばし、上へ、上へ。
 三蔵は頬杖をついて目を細める。
 ――昔は俺のことを太陽に喩えたりしていたものを。


 ちいさなものほど、いつの間にか、追い越して空に辿り着くのだ。 


 何処に行くのか。
 問うても花は、ただ笑うのみ。



(終)




空三ぽいですか?(笑) 久々の三空SSでした。
ちなみにネジバナという花は実在します。
モジズリ、という方が有名らしいです。



BACK