CHAIN


 

 ジャラン、と重い音を立てたのは、手錠だ。
 それも黒光りのする、おもちゃのそれとは重厚感のまったく違うそれ。
 妙に動かすと同時に音が立つ。それにつられて、自分の右手につながっている手錠の先に、同じように左手を戒められている金髪の男の眉が跳ね上がるので、悟空は極力動かさないように、寝台の上で少しだけ身動きした。本当は寝返りを打ちたかったのだが、片手が自由にならないのだからどうしようもない。
 二人が眠れるように辛うじてダブルの寝室を取ってくれたのは、八戒たちの考慮だろうか、それとも単なる揶揄だろうか。悟浄なら後者だろう、と悟空は思った。
 隣の部屋で、こちらはツインに泊まっている二人の気配は既に感じられず、眠ってしまったのだろうか、と悟空は薄く目を開けた。
 今、何時なのか。それを確かめたくとも、繋がっている手錠のせいで、時計を見ることも出来なければ、窓を眺めることも出来なかった。
 正確には、繋がれている相手のせいで、だ。二人用の寝台なのだが、どんなに離れても手錠の鎖以上には離れられないために、悟空の顔の案外近くに、三蔵の頭がある。その顔は悟空とは逆を向いているために表情はわからないが、音に敏感な三蔵のことだ、起き上がりでもすればすぐに気づかれてしまうだろう。
 近い、と改めて悟空はそれを自覚した。旅に出て、こんなにも三蔵の近くで眠るのはひさしぶりかもしれない。
「眠れないのか」
 とその金髪の向こうから低い声が聞こえて、悟空はびくりとした。
 息さえも殺していたはずなのに、起きている気配が伝わっていたらしい。自分には三蔵の顔を見なくては眠っているかどうかもわからないのに、三蔵は自分を見なくてもそれがわかるのか、と思うと、悔しさや恥ずかしさよりも先に、くすぐったさがこみ上げた。
 うん、と悟空は小さく喉の奥で答える。
 三蔵は背を向けたままだ。
 悟空は金髪がうなじから寝着の首元の辺りで散っているのを見ながら、目を細めた。
「なあ、……何で手錠取れないんだろ」
 じゃらり、と手錠についた鎖が揺れる。悟空がほんの少し右手を持ち上げたからだ。
「ヘンなの――」 
 悟空は昼間の小物売りを思い出す。
 そもそも、こんな手錠を売っていること自体が可笑しいのだ。こんな辺境で。こんな立派な手錠は、恐らくどこかの自治のしっかりした街で、犯罪者を捕らえるくらいにしか用いられないものだ。
 その売り物の手錠を悟浄がフザけて悟空につけた。それが始まりだった。

(おサルちゃん捕獲〜っ)
 そう言って、片端を悟空に、もう片端を自分につけた。
(お、こうして見ると益々犯罪者っぽいぜ悟空。さしあたっての罪はさっきの店で俺のチキンを食い逃げしたことかなァ?)
(悟浄だってオレのデザートのアイス、半分以上横取りしたじゃねえかっ。はずせよコレ!)
(やっだねー、だ)
(悟浄、外れなくなったら困りますよ)
(わーってるって。……ホラ、簡単に外れるだろ) 
 そう言って、自分につけていたその片端を、ぷらぷらともてあそびながら、
(お、仏頂面ボウズ、たまにはおサルちゃんのお散歩でもどお、――ッと。)
 がしゃん、と閉まる手錠。
(なッ! 勝手につけんじゃねえよ、外せ!)
(おー、似合ってんぜ、ボウズwithサル) 
(いいから外せ!……殺されたいか)
 ジャキ、と手錠とは別の重みを持つ小銃。それも、繋がれている左手で構えるものだから、悟空の方がつられて転びそうになった。
(ハイハイ、そんなに怒ンなくてもいーじゃないの。すぐ外れるんだし……え……アレ……?)
 ガチャガチャ、と無機質な金属音がしだいに場の空気を冷たくしていく。
(何やってんだよ、ごじょー?)
(――え、悟浄、まさか……)
(……)
 ひとしきり金属音を響かせた後、ぎぎいっと首を持ち上げた悟浄の顔は蒼白だった。
(……外れねえんだけど)
 
「鍵がないって、ぜってー怪しいよな」
 慌てて小物売りの男に鍵を求めたが、笑顔で、
『鍵、ついてないんですよねえ』
 と返されてしまった。
「銃でも跳ね返されちまうってあたり、何で出来てンだろー、とかさ」
「俺に言わせれば、お前の怪力で開かない鍵が存在したのかってハナシだがな」
 三蔵が小さく笑う気配がして、悟空は少しだけ目を見張った。冷笑も含めて、滅多に笑わない性格を悟空は知っている。
 でも、と視線を僅かにシーツの上にズラした。
(昔は)
(もうちょっと)
(よく笑ってたような気もするんだけど)
 記憶の中から三蔵の笑顔を引っ張り出そうとしてみたが、どうしてもそれが出来なかった。もしかして自分は三蔵と他の誰かを取り違えているのだろうか、という思いに至ったが、それは考えないようにした。そのことを考え始めると、頭が霞がかったようで、酷く混乱するからだ。
「不便じゃない?」
「何が」
「だから、コレ」
 じゃらり、と音でその存在を示す。
 悟空はそもそも両利きだから、どちらの手が繋がれていたとしても大してかわりないだろう、と思うのだが、三蔵は左手が利き手だから、と思ったのだ。
 果たして、明日、敵の襲撃があれば、どうなるかはわからない。
 悟空はいつものように軽々と如意棒を使うことは出来ないし、三蔵も小銃を使いづらくなる。
 昼間の一件以来、ずっと三蔵が押し黙っていたので、それを不愉快に思っているのだろう、と悟空は思っていたのだ。
 しかし、三蔵の返答はあっさりしたものだった。
「別に。右手でも銃が使えないわけじゃねえし」
「そっか」
「それにお前が繋がってようがいまいが俺は撃ちたければ左手で撃つ」
 せいぜい転ばないように気をつけるんだな、と言い放った三蔵の声は、心なしか、悟空には、機嫌が善いように聞こえた。
 それは恐らく空耳だったのだろう。不自由に喜ぶ人間などいないのだから。
「でもホント、ヘンな手錠だよなー、悟浄が嵌めてたときはすぐに外れたのに」
 悟空は手を顔の上にかざした。暗闇の中では、同化してしまって存在がわからない。重みと音を除けば。しかし、いつかずっと昔――悟空があの牢の中で嵌めていたそれのような重みは無い。束縛感も。何か妖力を制御するような類のものでないことは確かだ。何かに繋がれてさえいなければ、気にもならないような手錠。それなのに。
「何で三蔵は外れないんだろ」
「……知るか」
「ヘンなの」
 悟空は、小物売りの男の言葉を思い出す。

『鍵なんて無いんです。――必要ありませんから』

 必要無い。
 それはどういうことなのだろう。
 鍵を開ける必要など無いということだろうか。この鍵は、手錠を開ける必要など無いような相手にのみ用いるものなのだろうか。
 それとも文字通りの意味で、「鍵」というものが必要無い、つまり、
(鍵が無くっても、開くってことなんだろうか)
 実際、悟浄の時は、簡単に力を込めるだけで開いてしまったのだ。
 それがどうして三蔵が嵌めると、小銃を撃ち込んでも開かないのか。
「まさか三蔵法師を捕らえるための特別な手錠だったりして」
「ンなモンあるわけねえだろ。大体何のために使うんだ」
「だから三蔵みたいな三蔵法師を捕まえるために」
「……てめえはよっぽど安眠が欲しくねえらしいな」
「いや欲しい凄く欲しい」
 繋がっていない方の右手がハリセンに向かうのを見て、悟空は慌てて首を横に振った。そしてそのまま、シーツにのめりこむ。
 さらりとしたなめらかな感触が頬に心地よい。
「判ったら、さっさと寝ろ」 
 やはり背中越しに聞こえた声に、うん、と悟空は素直に頷いた。
 少しずつ闇と共にまどろんでいく意識の中で、ふと、唇を開く。
「でも、俺は別にいいけどさ」
「……?」
「三蔵だから。別に、繋がっててもいいけど」
 そんだけ。おやすみ。
 それを言うか言わないかで、今度こそ悟空は遅い睡眠へと落ちていった。

 

 


 規則正しく寝息が聞こえるころになって、ようやく三蔵の背中が動く。
 ゆっくりと身を起こすと、自分の左で眠る、繋がれた少年を見た。
「……判ってねえな」 
 ぽつり、と呟く。
 悟空が起きる気配は無い。
(でも、俺は別にいいけどさ)
 はっきりと口に出せる幼さが羨ましい、と思う。こういうときに。
 鍵の無い手錠。
 その開け方を、三蔵は判っている。
 こういった類の、どちらかといえばタチの悪い道具が西では出回っている、と聞いたことがあるのだ。
 判っているくせに、それをもう少し言わないでおこう――と思うのは、悟空をからかいたいからでも、困らせたいからでもない。単なる我侭だ、という自覚はある。
 鍵とは、繋がれた者達の意思。
 それが揃えば、手錠は簡単に開く。
 外そう、という意思が。
(別に、繋がっててもいいけど)

「だから、開かねえんだよ」 

 三蔵は左手で体を支えたまま、シーツに包まれて眠る悟空に、そっと口付ける。

 


 
 ジャラン、と鳴いた手錠だけが、それを見ていた。


 (終)


ささらさんの日記に触発されて書きました……(笑)
手錠で繋がれた三蔵と悟空、というのはよく見かけますが、自分で書いたことが無かったので。
突発なので本当は日記SSにしようかと思ったのに、長くなったので一応こっちにUPしたというロクでもない代物(汗)
ささらさんに捧げます。

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