IN ESSE.
Sanzo x Goku >>Sweet



 

「うぎゃあああッ!!」
 断末魔が森に響いた。
 暗闇の潜む木々の隙間に無法者の影が見える。その周りに山のように積み上げられているのは、おそらくは「妖怪」だったモノ。何とも異様な光景だが、『彼ら』にとっては見慣れたものだ。悟空はわずかに溜息すらつきながらそれらを見下ろすと、ちょんと如意棒でつついた。
「おっもしろくねぇの! 何かさぁ、こうもっと強いヤツいないわけ?」
「そうですねえ。たまには遊んでもらわないと、体が鈍っちゃいますよね」
 八戒が柔らかな笑みで答える。その彼も、先ほどから迫り来る敵を非情なまでの気孔術で叩きのめしたばかりである。傍ではすっかりくつろいだ様子で煙草に火まで付けようとしていた悟浄が、
「なぁにが『世界最強の我々が相手してやる!』だぁ? 最弱の間違いじゃねぇのか?」
「言えてる言えてる!」
「僕達の追っかけをするなら、せめてもうちょっと強くないと、ですよね」
 いつものように送られてきた刺客をいつものように倒し、そしていつものように和やかな会話を交わす。ふと悟空が気付いたように顔を上げた。
「あれ? そーいや三蔵は?」
 見回した先に、見慣れた金色はない。いつもはあまり動かず頭脳戦と銃弾戦が得意の三蔵だから、皆が集まったときに彼だけ抜けているということは珍しい。悟空ならよくあることなのだけれど。
「ああ、さっき面倒くさそうに向こうに走ってったぜ」
「残党でもいたんでしょうかね」
 悟浄も八戒ものんびりした口調で言う。まさかあの程度の相手にやられはしまい。それは暗黙の了解というよりも、むしろこの四人にとっては当たり前のことだ。果たして目をこらしていると、ゆっくりと近付いてくる法衣を見つけることが出来た。
「遅いっつーの、三蔵サマ♪」
「何、結構あいつら強かったの?」
「――うるせぇ」
 茶々を入れる悟浄とじゃれつく悟空を押しのけて、三蔵はすたすたとジープに向かって歩いていく。いつもと同じ不機嫌な様子だ。
「弾が切れた。それでちょっと手間取っただけだ」
「じゃあ、次の街で補充しとかなくちゃいけませんね」
 一行の中で財布の紐を握っている八戒が三蔵の後を追って運転席に乗り込む。
「意外と間抜けてやんの♪ 三ちゃんカッコ悪〜い」
「うるせえって言ってんのがわかんねぇのかクソ河童!」
「キシシシ。図星だからってキレんなよ」
「てっめぇ!」
 一触即発と言わんばかりに三蔵が立ち上がった。それを軽口で交わし、すっかり指定席となった後部席に悟浄が乗り込む。と、それまで二人の様子を苦笑まじりに見つめていた八戒はふと気付いて声をかけた。
「……悟空? どうしたんですか?」
 その言葉に三蔵と悟浄も言い争いをやめて悟空を見た。 いつもだったら『腹減った〜』といの一番にジープに飛び込む彼が、今日に限ってまだ地面に立っている。そればかりかジープに乗った三人――もとい正確には三蔵を見つめながら何か不可解な顔をしているのだ。
「どーしたよ、悟空?」
「ん……」
 悟浄の問いにも、悟空は視線を逸らさずに眉間に皺を作っている。その様子に片眉を上げて悟浄は三蔵を見ると無言で言葉を促した。ため息をつきつつ三蔵は言葉を投げる。
「――何見てやがる」
「ん〜あのさぁ……」
 ぽりぽりと頬をかくと、悟空はジープに飛び乗りつつ三蔵を見て言った。
「腕、どうしたんだよ?」
 一瞬ジープの中の空気が止まる。腕……とはつまりもちろん普通に腕のことなのだろうけれど。三蔵から視線を外さない辺り、三蔵の腕についてのことなのだろうかと初めに思い当たったのは八戒だった。
「……三蔵の腕がどうかしたんですか?」
「ん。だって何かぎこちねーじゃん」
 悟空はまっすぐな瞳で言う。悟浄達から見れば三蔵はいつもと同じだ。むしろ怒っている分無駄な動きが多いようにも思う。しかし三蔵は分からないくらいに悟空から目線をそらすと軽く舌打ちをした。
「出すぞ、ジープ。弾を早く補充したい」
「――っちょっとまてよッ!」
 背を向けた三蔵の肩を悟空がガツッと掴む。三蔵の整った眉がわずかに歪んだ。
「腕がどうかしたのか、三蔵?」
「怪我でもしたんですか?」
「〜〜〜どうもしてねぇよ!」
 悟浄と八戒の問いにも怒声を上げると、三蔵は悟空の手を振り払った。その様子にカッとなった悟空が法衣の裾を掴む。
「――嘘付けッ!!」
 バッと腕の裾を捲り上げた。馴染んだ法衣の下にある黒色の服が、血でいつもよりわずかに黒ずんでいるのが太陽の光の下にさらされた。腕はざっくりと服ごと裂かれ、固まりかけた傷口が生々しく見えている。
「うわ……」
「あ〜りゃりゃ……」
「チッ」
 三蔵は舌打ちをした。
「やっぱり! 何で我慢するんだよ、ちゃんと手当てしなきゃ……」
「ガタガタ騒ぐんじゃねぇ!」
 包帯にすべく自分の服を裂こうとしている悟空を押し止めると、三蔵は響かない声を上げた。眉をひそめた八戒が心配そうに傷口を見た。
「中まで切れてますね。刃物……ですか?」
「いや、爪だ。いきなり引っ掻きやがった」
「爪って……毒とか塗ってねぇよな?」
 滅多に心配などしない悟浄までが珍しく三蔵を気遣っている。常の敵でもやはり病人と怪我人には弱いのだろうか。以前同じ手で三蔵は瀕死にまで追い込まれたわけだから無理もないといえばそうである。悟空は複雑な顔で三蔵を見つめている。三蔵は不愉快きわまりない顔をして腕を引き寄せ、法衣の中にしまうと、
「ほっときゃすぐに治るだろうが。大体な、てめえらには関係ねぇ――」
 パシンッ
 不意に頬が叩かれる、底抜けな音がした。三蔵は叩かれた横向きのまま睨みつけるように相手を見た。悟浄と八戒は驚きの表情を隠せずにいる。
 叩いたのは、悟空だった。
「……何すんだよ、この――」
「馬鹿野郎ッ!」
 張りのある声が悟空の口から紡がれた。彼の言葉にしてはあまりにも聞きなれない言葉。他の二人は眉をひそめたままで顔を見合わせた。
「何考えてんだよ! 何で言わないわけ?」
「言ったって治るわけじゃねぇだろう」
「そりゃそうだけどさ、でも……っ!」
「『お前らには関係ない。』――そう言ったはずだ」
 三蔵がぼそりと呟く。その言葉に、悟空は一瞬傷ついた顔をして言葉を止めた。
「……ッ」
「……違うか?」
 悟空は眉を寄せて、
「そりゃそうかもしんないけど…ッ!!」
「なら黙っとけ」
「〜〜〜〜〜〜っ……」
 しばらく悟空は逡巡するようにうつむいてから、ぷいっと顔を背けた。
「……ジープ出そ、八戒」
「悟空?」
「俺、腹減った」
 その声にいつもの元気はなく、むしろ拗ねて怒っているような声だ。八戒は傍観を決め込んでいる悟浄に視線を走らせた。
 ――どーしよーもねーだろ。
 その視線にため息をつくと、八戒がジープのアクセルを踏み込んだ。


 思ったとおりいつもの半分も食べずに悟空は宿の自室に引きこもってしまった。こういうことは得てして珍しいことではない。だが大抵そういうとき理が適っていないのは悟空の方なのだが――。今回に関しては、と八戒が口を開いた。
「放っとくんですか?」
 食堂には、食事を終えた三人以外誰もいない。シンとした静寂は妙に声を引き立てる。
「怪我か? そのうち治るだろ」
「そーじゃなくてよ、三蔵サマ」
 三蔵も分かり切っているであろうことに悟浄がわずかに苛ついた声で言う。
「分かってるヤツに説明する趣味もねーのよ、俺も」
「――フン」
 悟浄の言葉を軽く鼻であしらうと、三蔵は眼鏡越しに新聞に目を落とした。そのままあくまで無言を続けようとする三蔵に悟浄はため息を一つつく。悟空が怒っているのは間違いなく昼間の一件が原因だ。悟空にしてみれば、『信頼』しているはずの三蔵が、自分たちに何も言わずに一人で怪我のことを我慢していたことが許せないのだろう。
「なぁ、三蔵サマよ。おめーだったらどう思う?」
 悟浄は腕を机の上で組んで、その上に頭を乗せたままで視線を飛ばした。八戒もコーヒーをすすりながら悟浄の声を聞いている。三蔵の新聞を見る視点は先ほどから変わってはいない。
「あの馬鹿猿がよ、ケガしてんのに俺たちにはそのこと隠して戦ってたらさ、」
 悟浄は軽く天井を仰いだ。
「――俺たち、信用ねーなって思わねぇ?」
 つまりはそういうことなのだろう。
『関係ない』というのは、一番悟空にとってはつらい拒否の言葉のはずだ。悟浄は時々思うことがある。三蔵はよく悟空を邪険に扱う。容赦が無ければ甘さも無い。互いを好きか嫌いかと尋ねれば、悟空は満面の笑みで好きと答えるし、三蔵は一点の躊躇もなく嫌いだと答える。しかしその奥に流れているものは違うものだろうか。表現は自由だ。好きも嫌いも人次第だといえる。だから三蔵の悟空に対する『嫌い』は、もしかしたら悟浄達から見れば『好き』と同意語なのかもしれない。本当に悟空が嫌いな人間ならば、三蔵は見向きもしないだろうから。三蔵にしてみれば「嫌いでも好きでもなく、どうでもいい人間」が余りにも多いのだ。逆に言えば、そんな三蔵が傍にいることを許容する悟空は、「どうでもよくない人間」ということになる。このことを三蔵自身が認識できているかどうかはさておくとしても。
「別に――そんなモンじゃねぇだろ」
 信用だとか信頼だとかいう言葉が大嫌いな三蔵は悟浄の言葉を否定した。しかし、八戒は口を開いた。
「分かってますよ。どうせ貴方のことですから、その程度のケガで悟空に心配されるのが嫌だったんでしょう?」
 三蔵はフンと鼻で蹴散らすと、新聞のページをめくった。八戒は続ける。
「でも悟空だって貴方の心配をしたいんですよ?」
 いつもいつも貴方が心配してばかりだから。
 その言葉に三蔵はわずかに目を細めた。
 ――俺がいつ、あの猿の心配をした?
 そう言いたげな瞳である。
 八戒は分かっていて、わざとそれには答えない。もしも三蔵がそのことを分かっていないとだとしたら、それはそれでよっぽど疎い人間だ。
 悟空があれだけ破天荒なことが出来るのは、いつも後ろに三蔵の影があるからだ。いつも自分を見ているのだという自負と自信――それはむしろ確信に似ている。それでいて三蔵は滅多に悟空に慰めの言葉をかけない。傷ついたときも傷つけたときも。それは三蔵が誰よりも分かっているからだ。傷ついた獣を慰めることは、より彼の痛みを深めるにすぎないのだと。だからいつも無愛想な瞳で、ちゃんと癒えるのを待っているのだろう。それが彼なりの『心配』の仕方だ。誰よりも不器用で誰よりもおそらくは無遠慮な。
 それに比べて悟空は分かりやすい。三蔵が傷つけばうろたえるし、それが他の誰かによるものであれば噛み付いても足りないという目で睨みつける。だからこそ悟空の方が露見しやすいけれど――本当はずっとずっと三蔵の方が悟空を見ていることを悟空も三蔵も分かっている。
 だからこそ、
「たまには貴方の方が甘えてみたらどうですか?」
「何言ってやがる?」
 相好を崩さない三蔵に、八戒はコーヒーのカップを持ち上げて言った。
「痛いことを痛いといえる存在って、必要だと思うんですよね」
 そうして悟浄と軽く視線を交わす。『痛いことを痛いといえる存在』――それは友達でも、あるいはただ傍にいる誰かでもいい。時折何もかも砕けてしまいそうなときに笑って一緒に砕けてくれる存在。
「そういうのもアリだと思うんです」
「そんなモンか?」
「そんなモンです」
 八戒と視線を巡らしていた三蔵は大きくため息をつくと席を立った。おもむろにテーブルの上に眼鏡を外す。
「どいつもこいつも……お節介ばかりだな」
「感謝してちょーだいよ♪」
 そう穏やかに言う悟浄の瞳に、揶揄はなかった。


 バンッ
「……おいサル」
 ノックもせずに扉を開けると、三蔵は遠慮なくずかずかと悟空の部屋に入りこんだ。悟空は扉に背を向けて拗ねたように寝転がっていた。三蔵が部屋に入ってきたことに少し驚いたのか、悟空は目を丸くして振り向く。
「……三蔵?」
 三蔵はその傍まで歩いていくと、ケガをしていない方の腕にぶら下げていたモノを悟空の枕もとにドンと置いた。反動で悟空の体が少し飛び上がる。三蔵は法衣の裾をめくり上げると、ぐいっと怪我をした左腕を差し出した。
「――痛ぇ。」
 視線は少し逸らしたままだ。悟空は一瞬意味がわからずに、きょとんとした顔をした。
「え、さんぞ……」
「――無茶苦茶痛ぇ。」
 無愛想な声が悟空の耳を包んだ。そして三蔵が置いた『モノ』に気付いて、悟空はやっと相好を崩した。
 ――救急箱。
 彼は決して謝らない。謝罪も慰めも必要ない。ただほんの少し自分の心を吐露することが悟空にとっては嬉しいのだ。いつだって自分ばかりだから。自分ばかり守られているから。自分ばかり甘えているから。だから三蔵の声を聞きたいと思うのは――それは悟空にとって精一杯の我侭だ。
「ん、じゃあ、消毒するからな?」
「あぁ。って、――ッツ……痛ぇぞ、下手くそ……」
「しょーがねぇじゃん! 消毒は痛いモンだって♪」
「……ちっ……」
「あ、包帯も巻いとく?」
「ミイラにすんなよ……?」
 それでもきっと、
どれだけ無遠慮でも、どれだけ無愛想でも、
 やはり僕たちは求めているのだ。
 痛いときは痛いと言える誰かの存在を、
「ん〜、努力してみる!」
「おい…」
 そのとき確かに感じる、あたたかな痛みを。 



 (終)




BACK