いちばん。
Sanzo x Goku >>Very Sweet



 
「あ……ッつ…………」
 それまで大人しく遊んでいた悟空が、突然鋭い声を上げた。三蔵は紙の上に滑らせていた筆を止めて悟空を見やると、悟空は指を押さえてうずくまっていた。
「どうした?」
「いってぇ……。コレ、触っちゃった」
 そう言って、悟空は部屋の隅に取り付けられた暖炉を指した。おおよそ寺院にはふさわしくない大きな暖炉の中では、黒い炭からちろちろと火が上がっている。
 ――火傷か。
 三蔵はチッと小さく舌打ちして、筆を置くとすぐに悟空のところへ走り寄った。見せてみろ、と悟空の腕を引き寄せる。うっかり炉の縁にでも触れてしまったのだろうか、半分水ぶくれになりかかった赤い指が見えた。
「だから気を付けろって言っただろうが」 
「……ごめん」
 悟空が珍しく殊勝な声を上げた。「耐寒」という僧侶の常識のカケラさえも見当たらないその暖炉は、先日悟空が風邪を引いたときに三蔵が入れさせたものだ。暖かいが、火が露出するため非常に危ない。だから傍には近寄るな、とこの間注意したばかりなのだ。
「ちょっと待ってろ」
 三蔵はそう言うと執務室の奥へと消えていき、すぐに、氷と水に浸した布を持って来た。十分に濡らした布で悟空の指をくるむと、その布の冷たさに悟空の体がピクンと跳ねた。
「ひゃ……ッ。冷た……」
 三蔵とてこの寒い季節にこんな冷たい水の中に手など浸したくはない。それでも文句も一つも言わず、あるいは大切な仕事さえ放り出して治療に当たるあたり、どう見たところで悟空を大切に想っているようにしか見えないのだが、自覚しているのかいないのか、その事実をとりあえず認めたくはないらしい。三蔵は体温で温まった布をもう一度冷水に浸すと、同じように悟空の指をくるんだ。
「我慢しろ。てめえが暖炉に手なんざ突っ込むからだ」
「う〜」
 至極もっともな事を言われて、悟空は眉を寄せて俯いた。それから何か言いたそうな顔をして口を開いたが、結局何も言わずに口を閉じた。それに気付いて三蔵が目を細めた。
「何だ?」
「……なんでもない。」
 そういわれると、ムカッと来てしまうのが人情というものである。特に気の短い最高僧が、いつもなら自分に従う小猿にそう言われたならば尚更だ。――何なんだよ、と三蔵は柄にもなく不貞腐れた。何気ない一言が、いちいち気になってしまう。ここら辺が若いと言えば若いのだが、そんなことを言おうものなら鉛玉の一つも飛んでくることだろうから、今のところそれを彼に進言する者はいない。
 三蔵は頭に青筋を立てたまま、悟空に濡らした布を患部に押し付けると、痛がる悟空も構わずにそのまま強引に巻きつけた。きゅっと音を立てて布が結ばれる。
「コレでいいだろ。ったくバカなことするんじゃねぇよ!」
 そう言ってふいと立ち上がると、三蔵はさっさと自分の仕事に戻ってしまった。いかな三蔵法師といえども、やはり十六歳の少年なのである。拗ねることだってあるのだ。
(何だよ、俺に言えねぇことなのかよ)
 と、心の中で愚痴りながらも三蔵は筆を握った。知らず知らずにぎゅぎゅいと力が入り、竹で作られた筆は誰とも知らぬ悲鳴を上げる。
(ふざけんじゃねぇ)
 ……三蔵、仕事処理能力三倍速モード。 

(やっぱ、言えないもんなぁ……)
 悟空は、再び仕事をはじめてしまった三蔵を視線の端で見ながらこっそりと思った。そして三蔵が結んだ指を見て、まだちょっと痛いかな、と指を動かしてみる。そうしながら、悟空はさっきの暖炉の火に目を凝らした。ちろちろと舌を出すように薪を燃やしていく火の波。その先に時々見え隠れする、暖炉を焦がす一瞬の火。
 金色の光。
(三蔵の髪みたいに見えたから触っちゃったなんて、な)
 そんなことを言ったら、余計に怒るのはもう目に見えているから。悟空は苦笑して、火の金色と比べるようにちらりと三蔵の方を見やった。ばち、と示し合わせたように視線が合う。慌てて視線を逸らすのも何だかワザとらしい気がして、悟空がどうしようかと思っていると、
「……何だよ?」
 さっきより何倍もドスのきいた声で三蔵は尋ねた。
「あ……うん」
 何にも言わないと機嫌が悪くなるよ、と握られた筆と灰皿に積み上げられた煙草の数が言っている。
 三蔵のさらりと揺れた金髪に、悟空の口が開く。
「……えっと、ね」
 火が生み出す一瞬の金色も、目の前を照らす太陽の金色も、何にも喩えられないくらい綺麗だと思うのに。それでも自分には、決して何物にも代えることの出来ない金色があるから。
 悟空は目をしぱしぱさせて一瞬躊躇ってから、
「三蔵の金色が、一番だなって」
 そう言って笑った。
 三蔵の顔色が変わるまで、しばらくは掛からなかった。


 (終)




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