Redish Christmas.
Gojo x Goku >>Sweet, X’mas only



 

「……というわけで、買出しよろしくお願いします♪」
 にこりとした笑顔が自分に向けられたものであることに気付き、改めて悟浄は溜息をついた。差し出されたゴールドカードの輝きさえ憎たらしい。
 あのさ、と悟浄はおもむろに口を開いた。
「一つ聞いてヨロシイ?」
「幾つでも♪」
「……どーしていっつも俺ばっか買い出し当番なワケ?」
 咥えたハイライトから不満げにゆらりと煙が上がる。その向こうには満面の笑みを浮かべた八戒と、無愛想な顔をして新聞を読む三蔵と、無邪気にジープと戯れる悟空がいる。いつもと変わらない宿屋の風景だ。
 いつものように旅をして宿屋についたところまでは、まあいいだろう。旅を続けていく中でいろいろと必要なものがあり、それを買わなくてはならないのも、まあよしとしよう。……だが、である。それを街まで買いに行くのがいつも自分だという事実に、悟浄はようやく最近気付き始めていた。
「だってどっちみち煙草切れそうですし」
「それは三蔵も一緒だろうが!」
 のほほんとした八戒に肩をいからせて悟浄が怒鳴ると、言われた当の本人は少し新聞から顔を上げて一言、
「面倒だな」
「俺だってそうに決まってんだろ!」
 一瞬の間を置いて飛び出した悟浄の言葉は、思った以上に情けなかった。
「あ。じゃあ俺、行ってもいいけど?」
 ジープと遊んでいた悟空が提案する。が、悟空に買出しにいかせたら何を買ってくるやらわかったものではない。三蔵の教育の賜物なのか煙草の銘柄だけはわかるようだが、何といったって生活用品を買うために八百屋に入る常識の持ち主なのである。そんな悟空の言葉には、悟浄だけでなくさすがに三蔵までが「やめとけ」とツッコミを入れる。
「はあ。仕方ねーなァ。おいサル、ついて来い」
 そう言いつつしぶしぶ悟浄はカードを受け取る。メモを確認しながら部屋を出かけたところで部屋の中から声がかかった。
「ああ、そういえば」
 八戒の声に、後をついてきた悟空が振り向く。
「今日はクリスマスですから、はぐれないように気をつけてくださいね」
 一瞬、悟浄の表情が止まった。
 ……クリスマス?
 ぱたん、と扉が静かに閉まった。

 街は見事にクリスマス一色に染まっていた。
 そんな街中であちこちの店をひやかしながら歩くのは悟浄の性格には合っていた。
(……クリスマス、ねえ――)
 紅い服着た奴らが馬鹿みたいに騒ぎ回る『聖誕祭』。キリストとやらが生まれたことを祝う乱痴気騒ぎ。――悟浄は心の中でその行事をそう形容している。
(別に好きでも嫌いでもねーけどさァ)
 悟浄は生まれてこのかたクリスマスケーキなんて食べたこともないし、ましてや紅い服を着て騒いだことなんて一度もない。
 あの人がそれを嫌いだったから。
 紅い色で自分を思い出すから、嫌いだったから。
『死ねばいいんだ! アンタなんかっ……生まれてこなければよかったんだわ!』
 だから悟浄はクリスマスが苦手だ。真っ赤な服を着て何が楽しいのだろうと思ってしまう。どこもかしこも騒がしくて、いっそ自分も同じ赤色の中に紛れてしまえないだろうかと思う。
そんな風に思っていたら、不意に服の裾を引っ張られた。
「悟浄?」
 その声に隣にいる小猿の存在を思い出して悟浄はハッとした。それでも煙草を咥えながら、それを気付かせまいと口調を失わない。
「……ンだよ?」
 先ほどまで自分と同じようにあちこちに走らせていた金色の眼が、じっと自分を見ていることに悟浄は気付いた。
「何でもない。……何か、悟浄がどっか行っちゃうような気がしただけ」
 思わずどきりとする。『バカ猿』と呼んで憚らない、自分の胸ほどしかない背丈の小猿は、時々人の心を読むのではないかと思うほど鋭い時がある。それは誰より心情を読むのに長けている自分の同居者でも表情を止めるほどに。
「なぁに言ってんだよ、バカ猿が」
 ここで普通なら、『バカって言うなよ!』の一言も来るはずである。ところがいつも騒がしい悟空が今日に限ってうつむいてしまった。
「うん……何かそーゆー気がしただけだから」
 ごめんな、と付け加える。悟空にしては珍しい歯切れの悪い言い方である。内心胸を撫で下ろしながら悟浄はそんな悟空から視線を逸らし、先を歩き始めた。後からとてとてと悟空はついて来る。前には群衆、ほんの少し足を速めてしまえば悟空が自分を見失ってしまうくらいの人ごみである。ちゃんとついて来れているか、途中で気になって悟浄は何度か振り向いた。悟空はよそ見こそしているものの、自分の姿を見失わずについて来ている。別に心配をしているわけではないが、この人ごみではぐれてしまえば探すのはひと苦労だろう。その気持ちが何度も悟浄の足を止め、振り向かせる。ふと――三蔵はいつもこんな気分を味わっているのだろうかと悟浄は思った。このクリスマス騒ぎの人ごみでは、金色よりも自分の紅い髪の方が探しにくいに違いないけれど。
 紅い髪――今更とやかく言うほどのことでもない。もう過去の話だ。だがこれだけ紅色がありふれた街の中では、ふと昔の感傷が頭をよぎる。
できるなら紅色ごと自分の存在を消してしまいたいと願ったこともあった。この世から「紅い物」が全部なくなってしまえばいいと思ったこともあった。死ぬのはあっけない。人は簡単に生まれて簡単に死んでしまう。そのくせ生きていくのは難しい。難しいから――逃げたくなる。時折、何の前触れもなく。たとえば……と悟浄は群衆をぼんやりと見つめた。
 たとえば、この群衆の中に紛れ込んでしまったとしたら、そして過去の総てを忘れて生きられるなら、どんなに幸せなことだろう――なんて。
「嫌だからな、俺、そんなの。」
 また不意に声が聞こえて、今度こそ悟浄はビクリと震えた。さっきより強い視線を感じて悟空を見る。頭の中を読むなんてことができるわけがないと思いつつも、タイミングのよさに動揺してしまう。
「……何が?」
 尋ねた声が喉に引っかかってもどかしい。悟空はじっと悟浄を見上げると、きっぱりと言った。
「悟浄が何も言わずにどっか行くなんて、そんなの嫌だからな」
 まっすぐに自分を見つめる金の目に、悟浄は目を見開いた。そしてゆっくりとその視線を和らげ、瞬きを一つした。ああそうか、と気付いたように思う。馬鹿みたいに簡単なことなのに気付きもしなかった。悟空がきちんとついて来れているかを自分が不安に思うように、誰かも自分を思っているのだと。悟浄はそれに気付いて自嘲するような笑みを浮かべた。自分勝手な行動を取って、自分を追ってきた悟空たちまでも事件に巻き込んでしまったことは記憶に新しい。悟空もきっと遠回しにそれを責めているのだろう。怪我をさせたことではなく、自分勝手な行動を取ったことを。
「――どっか行くなら、俺も行くから。」
 だから、ちゃんと言えよ。
 悟空はそう小さく付け加えた。
 見るべきは昨日ではない、今日である。――そんな古い賢人の言葉が悟浄の頭をよぎり、悟浄は苦く口元を緩めた。
「なぁに? そんなにこの俺サマが恋しい?」
 いつもの口調でぽんぽんと悟空の頭を叩く。子ども扱いされたと分かった悟空は顔を紅くして怒声を上げた。
「ちッ、違ぇよっ!」
「嘘ついちゃいや〜ん。顔が赤いぞ〜?」
「煩いな、もうッ!」
 さんざんからかってやると、悟空はぷいっと顔を背けて歩き始めた。だが数歩歩いた辺りで誰かにぶつかりそうになり、悟浄は慌てて傍に駆け寄った。
「ぶふっ……」
「あーあ、ちゃんと前見ろよ」
 そう言いながら悟浄は悟空がぶつかった「誰か」を見た。
「あら、すみません。……大丈夫でしたか?」
 ――紅い、色。
 サンタクロースの格好をした女が悟空に笑いかけている。女は悟空の無事が確認できると、手に持った籠から飴を手渡した。
「クリスマスは好きですか?」
 おそらくはどこかの菓子店か何かのアルバイトなのだろう。悟浄も同じ言葉をかけられて飴を手渡される。赤と緑に塗られたビニール入りのそれ。女は周りにも飴を配りながら笑いかけている。
「俺、好きかも」
「は?」
 問い返すと、悟空は金色の大きな目でじっと悟浄を見上げ、
「赤色が暖かそうだから、――好きかも」
「何が?」
「……クリスマス」
 返ってきた簡単な言葉に、悟浄は目を丸くした。
『嫌いよ、クリスマスなんて。――赤色なんてッ!』
 そんなヒステリックな声を思い出しかけて、やめる。
(……なんだよ、おい)
 街の明かりに自分の髪の色を透かすと、本当にそれは真っ赤な色をしていた。
(参っちまうよなァ……)
自嘲の笑みが、ゆっくりと変わっていくのが分かった。悟空のこんなところには敵わないと思う。意識的にやっていることではないのだろうが、時折別の次元へと飛びたくなる者の意識を引き戻してくれるのだ。それは過去に傷を持つ者にしかわからないことである。誰しも痛みというものがあり、その痛みから逃れるために現実から逃避したくなる時というのが――誰しもある。もっと楽なところへ逃げたくなる。何も考えなくていい場所へ。だが悟空はそれを許さない。痛みを目の前に突き出して、ちゃんと見ろよと自分に言う。口で言わずとも、あの金色の大きな目がそう言うのだ。そして、必死になって痛みから逃げる必要などないのだと笑いかけるのだ。大丈夫だから、と。
見るべきは過去ではなく、今なのだと。
(ホント、敵わねぇよな……)
悟浄は苦笑しながらわしゃわしゃと悟空の髪を撫でた。
「んじゃま、顔だけやさしい保父さんと、顔まで怖い保護者さんが待っていらっしゃることですし、そろそろ帰りましょっか?」
 そう言って悟浄は悟空の華奢な肩に腕を乗せた。
「おう!」
 その声を後に、悟浄はまた悟空の前を歩き始める。悟空は何事もなかったかのように荷物を抱え、悟浄の後をすたすたとついて歩き始める。
 もう振り返ることをやめた悟浄の口元には、クリスマスの喧騒に混じって僅かな笑みが浮かんでいた。




 (終)




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