A fool’s game.
Hakkai & Sanzo >>Goku



 

 やけに体が痛くて目が覚めた。
 ふと体が何かにもたれているのに気付く。寝台だ。
 ぼんやりとした意識を凝らせば部屋の中はもう明るい。太陽もそれなりに高く上っているようだ。
「ん…」
 体を伸ばしつつ、僕は目の前に転がるソレに気付いた。麻雀台。もちろん牌一式付き。それを見て、そういえば徹マンしたんだっけ、なんて思い出した。見回すと、明るい部屋の中には僕を含めて数人の体が転がっている。
 悟浄……悟空……
「あれ、三蔵……?」
 三蔵がいない。扉が半開きになっているところを見ると、外に出たのだろうか。
 ――散歩……でしょうか。
 悟浄あたりに聞かれたら「そんなバカな」なんて言われそうなことを考えながら、僕もゆっくりと立ち上がった。
「ん……」 
 床に寝転がっていた悟空が、寝言のように何かを呟きながらゴロンと寝返りをうった。起きる気配はない。それどころか何かいい夢でも見ているのだろう、その顔には笑顔が浮かんでいる。
(満願全席の夢……とか?)
 ありそうでちょっと僕は苦笑いした。
『麻雀やろ』
 そういい始めたのは、彼だった。子どもというのは、「何故?どうして?」と聞きたがるくせに、子ども自身にその言葉は通用しない。やること為すことが全てバラバラなように見えて何か一つ深いところに持っている。それはもちろん無意識にだ。だから、どうしてそんなことをと尋ねてみたところで、きっと本人にだって分かってはいないのだろう。
 そんなふうに呟いたら彼は怒るだろうか。子ども扱いするなと言って。子どもの無邪気さは本能だ。例えば傷を舐めるのと同じように。
 ……たぶん、僕らは傷だらけだったんだろう。 
 
 ――ガウンッ
「朝から騒がしいと思ったら……」
 案の定、三蔵は宿屋の裏庭で銃の練習をしていた。 消音機もついていない銃の音を見つけるのはたやすい。三蔵はカシャッと軽い音を立てて銃弾を補充しながら、声だけ僕の方に反応した。
「……起きたのか」
「ええ」
 ガウンッ
 またけたたましい音が響く。並べられた缶が見事にその中心を打ち抜かれて地面に転がった。カランと乾いた音がする。
「お見事。」
 三蔵の視線がわずかに僕の方を見て、それから少しそれが揺らめいた。僕の隣。普段なら、「彼」がいるはずの場所を。
「悟空はまだ寝てますよ」
「……バカ猿のことなんざ聞いてねえだろう!」
 これもまた案の定、三蔵は目くじらを立てて怒鳴る。いつもそうなのだ。いつも。『バカ猿のことなんざ』と蹴散らしながら、それでも彷徨っている視線を見れば分かる。
 素直じゃない人だ、本当に。
『負ける顔でいる奴らに勝つことなんか簡単だもん』
 悟空はじっと僕たちを見つめながら、子どもの口調でそう言った。子どもというのは恐ろしいと、その瞬間僕は思った。――何も考えてなどいないのだ。何か行動を起こして最後にそれがどういう結果を生み出すかなんて、まったく考えずに生きているのだ。
 僕らは世界を知ったかぶりしていただけなのではないかと、ふと思った。「この世は所詮こんなモンさ」とか「どーせ何も変わらないんだ」とか、そんなふうによく耳にするけれど。たかが二十年そこらしか生きていない僕たちは、いつの間にそんな大人ぶった言葉しか言えない人間になっていたのだろう。「所詮」って何だ。「どーせ」って何がだろう。「所詮こんなモンだ」と、「どーせこんなモンだ」と思うのは、それは「こんなモン」を経験していない僕らが言えることだろうか。ただ世界を傍観することしか出来ない僕らが?
 ――どうせ、負けるに決まってるんだ。
 そう思うのは、ねじれた逃避だ。
「知らず知らずのうちに、何でも決め付けちゃうモンなんですね」
 そう言うと、三蔵は不審な顔をして銃を引く指を止めた。僕は転がった缶を元の場所に直しながら苦笑する。
「僕たち、負ける気満々でしたから」
「フン……」
 三蔵は軽く鼻で笑い飛ばした。
「……バカ猿だからな」 
 しかしその表情に、蔑みはない。
 勝てないって誰が決めたんだろう。いつの間にそう決まってたんだろう。どうして僕は逃げることしか考えていなかったんだろう。どうして闘おうと思えなかったんだろう。
 決め付けることは感覚を狭くし判断を鈍らせると、昔本で読んだ気がする。けれどこの世の誰もが生きている以上、結局は「常識」に洗脳され続けていて、それから逃れられるのはほんの一部だ。
 愚者。常識に縛られない人々はそう呼ばれる。
 大切なのは結果ではなく。勝てるという気持ちのない者に勝利は訪れない。たとえ勝利が目の前に転がっていたとしても、それに手を伸ばすのはそのココロだ。たとえ遠くても、馬鹿みたいに手を伸ばすのも、同じことで。 
 ガウンッ
 銃口が火を噴いた。微かな火薬の匂いが鼻を掠める。音を立てて転がった数個目の空き缶を立てると、僕はそれを思いっきり蹴飛ばした。
 カァン、と良い音がした。
「……おい?」
「ああ、なんだか、」
 三蔵の言葉を遮って僕は振り向く。蹴飛ばした缶はもう見えないけれど、それはそれでよかった。
「貴方が悟空連れてるの、分かる気がします」
 プラスとマイナスみたいにゼロになる関係でもなく。磁石みたいにひきつけあうわけでもなく。麻雀台と牌みたいに、どっちがいなくても成り立たない。少なくとも三蔵を救っているのは悟空だ。自分の名前を呼ばれることすら拒んだ三蔵が、こうして銃を構えていられるのは、まっすぐにその眼を見て彼を救う存在があるからなのだ。
 ……ねえ、そうでしょう?
「……欲しがったってやらねぇよ」
 そう呟くと、三蔵は軽く口元に笑みを浮かべた。
 僕は少しだけ、彼がうらやましいなと思った。

 馬鹿みたいに手を伸ばそう。
 たとえ、不様でも。 
 それが酷く理不尽なものだとしても。
「おいおい、物騒だな。あんたら何しに行くつもりだい?」
「――ええ、実は」
 結果の見えないゲームだから。
「『神様』に喧嘩を売りに行くんです」


 (終)




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