星に願いを
Gojo & Goku >>warm



 
 真っ暗な空は嫌いじゃない。眩く星の輝く宇宙。白く月が光る暗闇。真っ青な中の太陽も好きだが、真っ暗な中にある月と星も好きだ。
――だって手を伸ばしたら、すぐそこに届きそうな気がするから。 
 

「何やってんだ?」
 不意に背後から掛かった声に、悟空は不自然に上げた腕を下ろした。月明かりの中で目を凝らせば見知った紅い髪の男が現れた。
「悟浄」
「ったくどこ行くかと思えば……」
 腹でも減ったか、と悟浄はからかい調子に尋ねた。どうやら真夜中にジープを抜け出した悟空を心配して追いかけてきたようだ。減ってねえよ、と悟空は頬を膨らませて答え、それからもう一度星空を見上げた。
「星、つかめないかと思ってさ」
 そう言って腕を上げてあたかも星を掴む仕草をしてみせる。勿論届くはずもないが悟空はムキになって手を伸ばそうとする。悟浄は煙草を取り出しながら揶揄を含めて言葉を吐いた。
「ばぁか。お前なんかにつかめるわけねぇだろ?」
 その言葉に少し笑って悟空は腕を下ろした。
「……知ってる」
 悟浄の手がぴたりと止まった。いつもならここで「うるせぇな!」の一言でもくるところである。咥えた煙草を指に取り悟空を見ると妙にマジメな顔をしていた。悟浄の視線に気付いたのか、悟空は照れ笑いのような表情を浮かべた。
「でもさ、なんか届きそうな気がしたんだ」
 へへ、と笑う。笑っているのに、こっちが泣きたくなるような笑顔だ。悟浄はその表情に感じ取るものを見つけ、煙草をしまいなおして同じように空を見上げた。真っ暗な空だ。
「ソレ、星だけじゃないんだろ?」
 悟浄の言葉に、全てが沈黙したように音が失せる。さらさら、とそばの小川で流れている水の音だけが鮮明に耳をついた。何秒か、何分か。悟浄からは表情の見えない悟空が観念したようにぽつりと呟いた。
「……うん」
 届きそうで届かないもの。届かないことを知っているけど、どうしても手を伸ばしてしまう人。悟空がこれだけ神妙になるといえばその人物は一人しか存在しない。悟浄がすぐに思い当たったのもそのせいだ。しかもその人物が、「寄るな、触るな、近付くな」という雰囲気を纏っているならなおさらである。
「俺じゃ、やっぱ届かないのかな?」
 星の瞬きの中に消えてしまいそうな細い声。上を見上げてどういう表情をしているのか悟浄には分からない。だが少なくとも泣いてしまいそうな声だ。
「こっち来い」
 悟浄はそう言うと、足元の岩に注意してすぐそばの小川の淵に立った。悟空がすぐ傍まで来たことを見とめて小川の水を両手ですくった。
「よくある話だ。ほら、見てみな」
 そう言って悟空の目の前にそれを突き出す。
「あ………………」
 悟浄の手の中の水に映ったのは、満天の星空だった。ほんの少し揺らめいていることを除けば、それは見上げた空と変わりない。辺りが暗いせいで、中で瞬く星すらもはっきりと見える。
「な? ココにも星はある」
 そう言って、悟浄は悟空を見た。
 ……やっぱり、な。
「――泣くなよ?」
「な、泣いてねぇよッ!」
 その言葉に悟浄はほんの少し自嘲的に笑った。
 『泣くなよ、悟浄?』
 だからいつ泣いてもいいんだと。そう知ったのはつい最近のことだ。目をごしごしとこする悟空に、
「お前と星はそりゃすげェ遠いけどさ、こんだけ近くにもあるってことだ」
 悟空は悟浄の中の宇宙を見ながら喉の奥で頷いた。
「ん」
「遠いと思ってたら、やっぱり遠いわけよ」
「……うん」
 あとはお前次第だな、と悟浄は手の中の水を落とし、胸の中に悟空を迎えてやる。
「法衣よりは泣きにくいだろ―が我慢しろ」
「だ……ぁから、泣いてなんか……ねぇって……!」
 しゃくりあげながら答える悟空に、悟浄はハイハイ、と言葉を返す。穏やかな風が吹いた。それは悟空の頬を撫で、悟浄の髪を揺らして吹き抜ける。悟浄は、どんな言葉ですら片付かない感情がこうした何気ない風の一つでほどけてしまうことを知っている。そういうときはその風に身をまかせ、なされるがままに過ごすのが一番だということも知っている。だからそうして何も言わずに夜空を見上げた。
 やっぱり真っ暗な空だった。
 綺麗な夜空だった。
「あ〜あ!」
 涙が止まってから、悟空はやけになったように呟いて照れくさそうに笑って顔を離した。恥ずかしくなったのか空を見上げてぶっきらぼうに叫んだ。
「俺も死んだらあーゆー星になんのかなっ?」
 その言葉に、悟浄はもう大丈夫かと口元を緩める。
「なるんじゃねぇの? こんな小っちぇえ星」
「小っちゃくねぇよ! こんっくらい大きい星になるッ!」
 と、両手を広げて大きさを示そうとする。それって小さいってゆーの、と悟浄は軽口を叩いた。懐からハイライトを取り出し火を付けようとしたとき、ふと視線の隅に流れるものを見つけた。
「あ」
 ……流れ星だ。悟空がそう呟く一瞬のうちにそれは流れ、すぐに空に吸い込まれるように消えていった。見とめるなり目を閉じた悟浄に、悟空はあわてて目を閉じて何事かぶつぶつと呟くと、「よし!」と叫んで顔を上げた。見ると、もう悟浄は煙草を咥えている。
「なんかお願いした?」
「まぁな♪」
「何て?」
「……ばぁか」
 目をキラキラさせて尋ねる悟空を、悟浄の声が一蹴する。
「そーゆーのは言っちゃったら効き目ねーの」
「ちぇ」
 口を尖らせる悟空。子どもっぽい仕草に悟浄はふと以前流れ星を見たときに自分が言ったことを思い出した。
「お前はどーせ食いモンの連呼だろ?」
「違ぇよッ!」
「じゃあ何だよ?」
「エロ河童になんか教えてやるか!」
「おーおー言ってくれるじゃねェか、バカ猿が!」
「バカでも猿でもねぇよっ!」

 三蔵にくだらねえとけなされて、
 悟浄に馬鹿にされて笑われて、
 八戒に苦笑されることが分かってるけど。
 それでも俺はやっぱり、願いたいんだ。
 ……どうか。
 星に願いを。

「よぉ金蝉。久しぶりだな」
「何の用だ? わざわざ冥界に渡ってくるとはさぞかし重大なことでもあったんだろうな?」
「そうトゲつくなって。今日は面白いモンがあってな。……ホラ、これだ」
 「何ですか?」
 「なになに? う〜わ、カッコイイねえ♪ 願いごとだろ? コレ」
 「ねえ、金蝉。誰のでしょうね?」
 「……あの馬鹿が……」

 『ずっと四人でいられますように』

 どうか、願いを。


 (終)




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