彼岸華と夕焼けと。
Gojo & Goku >>warm, Diary



 

夕暮れに揺れている紅い華。
普段は気にも留めないそれに触れたくなったのは、真っ赤な夕暮れの中で紅く見える華が本当はどんな色をしているのか、ふと気になったからだった。
「あんま触んなよ」
 突然掛かった声に悟空は慌てて手を引っ込めた。掴もうとしていた目の前の華が寂しげに揺れた。
「……悟浄」
「毒があるからな。気を付けろ」
 いつの間に悟空の背後に来ていたのか、悟浄はそう言って煙草の煙を吐いた。秋の風にゆらりと煙が溶けていく。暮れ始めた夕暮れは、紅く蒼く、少しずつ影を地面へと同化させていきながら不思議な色を滲ませている。
「毒?」
「ああ。根と茎……だったかな。忘れっちまったけど」
「……ふうん」
 ちょっと悲しそうに悟空は華を見た。
「キレイなのに」
「綺麗だからだろ」
 綺麗な華にはトゲがある、と悟浄は含みを持たせたような言い方をした。悟空は小さく舌打ちして頬を膨らませた。
「……ちぇ。なぁ、この花何て名前なの?」
「曼珠沙華。いわゆる彼岸花ってやつだな」
 悟浄がすらすらとそう言うと悟空は目を丸くした。
「……ごじょーって意外と物知りー」
「知らねえお前が莫迦なんだろ」
「ひど」
 ぷうっと頬を膨らませる。
「でもこの季節になったらいつも咲いてるよな?」
「彼岸に咲く花だからなァ」
「花って季節とかわかんのかな?」
「わかるんじゃねえの、多分」
 悟浄は曖昧に答えた。別に悟浄はその華が嫌いなわけではない。だがどうしてもその華の色が馴染めないのだ。
「こんなにキレイなのになぁ」
 悟空はつまらなさげに言った。
「お前、綺麗なモン好きだねぇ」 
「んー、まぁ」
「アレだな。将来絶対面食いになるぞ、お前」
 そう言うと、悟空は頬を膨らませたまま悟浄に顔を向けた。
「別になんねーだろ。悟浄じゃあるまいし」
「言いやがったな、この莫迦猿が!」
 悟浄がぱこっと手で悟空の頭を叩くと、「ってぇ!」と悟空の仕返しがやってくる。別に本気でやっているわけではないのだ。ただ何となくふざけていたくて。
「そーいや三蔵遅いな……」
 悟空はふと顔を上げた。日暮れと共に小さな街へとたどり着き、宿と煙草を見つけてくるからと三蔵と八戒が出かけてしまってもう小一時間。待てど暮らせど帰ってこない。頭脳派のあの二人のことだ、少々絡まれたくらいでは鉛玉と気孔術であっさり仕返ししてしまうだろうから、煙草はともかくとして宿がなかなか見つからないのかもしれない。
 ふと悟浄は思いついて口に出した。
「そーいやお前、三蔵も綺麗だとか思うわけ?」
「……え?」
「顔だけは綺麗だもんなぁ、三蔵サマ。アイツでもやっぱ綺麗だとか思うわけ?」
 質問の意図が判らなかったのか、首を捻った悟空に再度繰り返すと、
「……顔……じゃあねーけどキレイだろ、三蔵は。」
 と不可解な答えが返ってきた。
「顔じゃねーって、何だよソレ」
「いや、確かに三蔵はキレイだけど別に顔だけがキレイってわけでもないし――全部だろ」
「……は?」
 今度は悟浄が目を丸くする番だ。
「じゃ、てめえアレか? 妖怪バコバコ殺してあわよくば俺達にまで銃向けやがる、あの超鬼畜生臭坊主サマがぜーんぶ綺麗だって?」
 驚き半分からかい半分でそう言うと、悟空は珍しく頬を掻きながら考え込むような仕草を見せた。
「あー、うん。いや、綺麗な身の上とかそーゆー意味じゃなくて」
 どう言ったもんかな、と悟空が空を仰ぐ。
「わっかんねーなー。性悪なのに?」
「今更だろ、そりゃ」
「……わっかんね」
 悟浄はぽつりと呟いた。悟浄には悟空の考えていることがわからない。もっとも、顔はともかく性格を一欠片でも知ってしまえば悟浄など一秒たりとも同じ場所にいたくないと思う三蔵とかれこれ八年は過ごしている悟空のことなどわかろうはずもないのだが。
悟浄は煙草の灰を落とした。煙草は大分短くなっている。
「アイツが何してても綺麗だって思えるか? 人殺しでも?」
「それこそ今更って感じもするけどな」
「……今更?」
 問うと、うん、と悟空はうなずいた。
「――あのさ、彼岸花って綺麗だろ?」
 悟空の話の矛先が突然変わり、悟浄は訝しげに眉を顰めた。
「彼岸花には毒があるけど、でも彼岸花が綺麗なのって毒があるのかないのかには関係ないじゃんか」
 例えばその花が猛毒の花であっても、毒々しい色をしていたとしても、夕暮れの中で見せる花が酷く穏やかで美しくあるように。
「三蔵は妖怪も人も殺すけど、別に関係なくて俺は三蔵のことキレイだと思うなぁ。」
 そう言って悟空は笑った。悟浄は心臓を掴まれるような痛みに襲われた。
「だってキレイだから一緒に旅してるわけじゃないし、キレイだから好きなわけでもないし」 
 悟空は続けた。
「三蔵だから、一緒にいて当たり前なんだよ」
 だって、それだけだろ? 
 悟空の屈託ない笑いは、ずしりと悟浄の腹の奥に重く圧し掛かった。
 ――綺麗なものは沢山ある。世に余るほどある。けれど本当に大切な、キレイなものを見つけられたら、たとえばそれは綺麗じゃなくても莫迦莫迦しくても、
それが一番幸せなんだと――そんなことを思った。
「……あ。夕焼けだ」
 悟空が不意に声の調子を上げた。
「うわ。全部真っ赤。……ねえ、悟浄」
 呼ばれて悟浄は顔を上げた。
 煙草が落ちた。
 夕焼け。真っ赤な世界。
 何もかもが真っ赤な世界。
「キレイだなぁ……」 
 悟空が呟く声が聞える。
 ――けれど本当に大切な、キレイなものを見つけられたら、たとえばそれは綺麗じゃなくても。
「……ああ、キレイだな。」
 悟浄は誰ともなしに呟いた。
 その色はとてもきれいに空に映えた。




 (終)




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