TIMING



「・・・で、何で僕が整備しなくちゃいけないんですか」
 キラは不条理な声を上げた。
 目の前にあるのは、赤橙色にくすんだメビウスゼロ機。見慣れたそれのパイロットは、余裕の表情を浮かべ、キラより少し高いところでボトルを咥えている。
 先ほどキラが飲んでいたものだ。自分のストライクの整備を終え、ボトルを手に部屋へと引き上げようとしていたところを、フラガに捕まったのである。
 ハイ、とばかりにボトルの代わりに渡されたのは、整備用のコントローラー。機体と同じ色をしたそれを手に、キラは腑に落ちない顔をしている。
「暇なんだろ。どーせ。ストライクの整備は終わったみたいだし」
「そりゃストライクの整備は終わりましたけど・・・・・・でもコレ、フラガ大尉の機体でしょう?」
 僕の出る幕じゃない、と言いたそうに、キラはじっとフラガを見つめている。
「まあ確かにそうなんだけどね。善いじゃないの、俺が整備したって変わらないし」
「・・・じゃあご自分でなさってくださいよ」
「ちょっとイジって欲しいんだよ。どうも機能が戦闘に追いつかなくて」 
 つまりはキラの能力を持って、ゼロを少し改良して欲しいということらしい。
 このアークエンジェルにある戦闘機は、キラの乗るストライクと、このモビルアーマーだけ。先だっての戦闘では、相手のジンの数が多く、ゼロが苦戦していたのをキラも見た。
 モビルスーツ一機に対しても苦労するモビルアーマーである。元々、アーマー自身の戦闘能力はそう高くない。
 しかし、それでもたった二機だけで相手のジンと渡り合えるのは、ストライクをおけば、フラガの戦闘能力が高いせいだとキラは思っている。
 実際、コーディネーターであるザフト軍のジンでさえ、フラガ相手だと一対一では一杯一杯だろう。
 もうすぐ第八艦隊と合流するとは言え、アーマー自体の能力も上げておきたいのが実情というところなのだ。
「イジるって言ったって――僕、ゼロ機のこと何にも知らないですよ」
「ああ、見りゃ判る。それで判らなかったら教えてやるから」
 フラガはあくまで高見の見物である。
 確かにキラはコーディネーターだ。しかし、だからと言って、見たこともないものに瞬時に手をつけられるほど、メカニックの知識があるわけではない。
 ストライクの時だって、まっさらなOSだったからこそ、書き換えることも出来たのだ。今までフラガによって使いこなされ、既に書きこまれているOSに手を付けるのは、正直不安な点も残る。
「とりあえず見るだけですよ。ええと、ここから入れば善いんですか?」 
「ああ。足元に気をつけろよ」
「え?・・・うわッ・・・」
 とす。
 弱重力のせいで、キラの体は比較的小さな反動を受けるだけで済んだ。
 ゼロ機は上から乗る仕組みになっている。その途中に伸びている整備中のコードに引っかかったのである。
 キラは一度体を反転させると、何とかゼロの中に入った。
「ほーら、言っただろう。大丈夫か?中、見えるか?」
「大丈夫・・・ですけど、そういうのは乗る前に注意してください」
「したぜ、俺は」
「タイミングの問題です。要は」
 そう言うと、キラは一つ息を吐き出し、既に起動されているゼロ機の内部を見回した。
 なるほど、ストライクに比べると、やはり簡単な構造をしている。
 ボタンやランプはあちらこちらに取り付けられているが、それらは一瞥すれば大体判別出来る。その辺りの基本的な構造は、ストライクと同じである。
 上に上がっていたキーボードをカシャンと落とした。見慣れた文字列が並んでいる。
 一通りカシャカシャと打ち込むと、あらかたの機能が判った。
「どうだ、判っただろ?」
 頭上から覗きこんでいるフラガの声が機体に響いた。
「ええ。大体は。・・・うわ、結構穴がありますね」
「穴?」
「書き落としですよ、基本OSの。埋めておきましょうか?」
「頼む。・・・ああ、俺に扱える程度にな」
「判りました」
 キラの手がカシャカシャとキーボードを叩く。一つ、一つと穴を見つけては、そこに新しい文字列を叩きこんでいく。
 いつの間にか頭のすぐ上まで来ていたフラガが、それを見て感心した声を上げた。
「相変わらず凄いな。俺なんか見てもちっとも判らん」
「それはまあ・・・僕は、コーディネーターですから」
「あ、悪ィ。そういうつもりで言ったんじゃないんだ」
 下がったキラのトーンに、フラガは慌てた声を上げた。
 そういう悪気があったのではないことは、キラもよく判っている。フラガはそういう男ではない。
 むしろ、先日の戦闘以来、コーディネーターだのナチュラルだのに敏感になっているのは、むしろ自分の方だという自覚もある。
 ふう、と一つ息を吐き出した。
 カシ、と最後の一つを叩く。
「・・・ハイ、まあこんなものですか。結構空いてましたね」
「そうか」
「今度は以前より少し起動スピードと戦闘時の反応スピードが速くなると思いますよ」
 そう言いつつも、指が次の動作を探している。
「・・・あれ」
 とその指が一点で止まった。
「どうした?」
「これ――解析出来ないんですけど」
「ええ?」
 ちょっと体をズラせ、との声に、キラはシートの上で体をずらす。すると、そのスペースにフラガがもぐりこんできた。
 元々一人用のゼロに、幾らキラが小柄とはいえ、二人の男を詰め込むと流石に狭い。
 体が容易に接触する距離である。
「ここの・・・コレ、ロックじゃあないんですけど――何ですか?」
「えーと。・・・ああ、それは有線のプログラムだよ。なるほど、そりゃあお前でも解析できないわけだ」
「・・・有線?」
「有線式ガンバレル。使える軍人が減ったせいで、今じゃほとんど使われていないらしいが・・・」
 キラにはその辺りの知識はないのでよく判らない。
 フラガは手を伸ばすと、キラが使っていたキーボードを叩いた。
 背後から手を伸ばしているせいで、キーボードとフラガの間に挟まれたキラは身動きがとれない。
 シートは可動式らしく、倒されてしまって背もたれもない。
 キラは仕方なく、目の前で動くフラガの指を見た。
 キラよりはコンピュータに詳しくないはずなのだが、やはり数年使っている機体だけはあって、馴染んでいるらしい。
 なるほど、自分はコックピットの中のフラガをメディア越しにしか見たことはなかったが、こうして間近でみるフラガはいかにも軍人然としている。
 軽口を叩いたり、調子の善いことを言ったりもするが、その身に戦闘服を纏えば、決して相手には回したくない男だと言うことを、キラも知っている。
「・・・何だ?」
「あ、いえ・・・」 
 いつの間にか、その横顔を見つめていたらしい。フラガの訝しそうな顔に、キラはどぎまぎした。
「まあいいか。・・・ホラ、これで解析できるだろ。翻訳したぜ?」
「あ。ありがとうございます」
「プログラム自体が古いからなあ。・・・あー、俺も年取ったのかな」
 キーボードから手を放すと、フラガは倒したシートに跨った。狭いのは変わりがない。
 背が高い分行き所がないのか、フラガの金の髪が、もたれかかるようにキラの頭に落ちた。
 こつ、と小さく頭どうしがぶつかる。
 フラガの濃い金の髪からは、ほのかにシャンプーの匂いが漂ってきて、それが妙に男らしくて、キラは善いな、と思った。自分だってきっと同じものを使っているだろうに、キラには男らしさの欠片もない。
「年って・・・、フラガ大尉、お幾つなんですか?」
「俺? 今年で二十八・・・だったか」
「二十八・・・」
 キラはそっと口の中で繰り返す。自分とは十二も離れているのだ。
 自分もあと十二年すれば、彼のように男らしい男になれるのだろうか。自信は余り無い。
「どうした?」
「いえ、何となく」
「お前は幾つだっけ、坊主」
「十六です」
「若いよなー、善いよなー」
 うらやましそうな口調でフラガは言った。
 そして、手持ち無沙汰にキラの髪に手を触れる。
「二十八って、でもまだ年じゃないでしょう」
「戦場ではオジサンだぜ、二十八って言えば」
「・・・そうなんですか」
「そりゃ大抵のヤツは十五,六で志願するからな。・・・ああ、そうか、お前もそうなのか」
「僕は民間人ですけど」
 そう言う意味じゃないのは判っていながら、何故か思考がそう言う方向に進んでしまう。
(・・・どっかヒネくれてるんだよな、僕って)
 キラはもう一度息をついた。
 ・・・と。
「・・・・・・ちょっ、おい坊主!!」
「え?・・・あ、ああッ!」
 フラガの声に、キラはハッとし、思わず叫んだ。
 無意識にキーボードを叩いてしまったせいで、別のエリアまでプログラムを書きなおしてしまったらしい。
 画面には黒字に白い文字で、ピコピコと点滅している。しかしそれは、キラにしか扱えない文字列だ。 
 キラはキーボードを叩いて慌ててバックさせ、何とか修正可能なことにホッとした。
「・・・すみません」
「や、善いけどよ。・・・お前、危ないな、ぼうっとしてると」
「はあ・・・どうも癖みたいなんです」
 いつもぼうっとしている癖は直した方がいいと、以前誰かにも言われた。
 あれは――アスラン、だったろうか。
 その名を思い出すだけで、今は心臓が苦しくなるような吐息が漏れるけれど。
 ・・・もう、彼と普通に会うことは出来ないのだろうか、とキラは思う。
 トリィをくれたあの頃のように。毎日だって一緒にいたあの頃のように。
 多分、会う機会があったとしても、自分には赦されないのだ、とキラは思った。
 彼の手を取ることが出来なかった自分には、その資格はない。勇気もない。
「ハイ。とりあえず、一通り終わりましたよ。他には何か?」
「いや。あとは特に無いな」
「そうですか。じゃあ僕はこれで、と、・・・ん?」
 キラが何かを見つけたのか、ゼロの座席の下から何かを引っ張り出そうとした。
 そんなキラを見たフラガは、何故か慌てた様子でキラの服を引っ張った。 
「あ、止めろ、ソコは・・・!」
「・・・フラガ大尉・・・」
 止めるのが遅かったらしい。
 体を起こしたキラの手には、一冊の本がぶらさがっている。
 呆れたような声だ。
「・・・なんですか、コレ」
「あーあー、善いじゃんかよー、別に。俺だって男だぜ?」
「それは見りゃ判りますよ。・・・わ、もう一冊あるし。まさかコレ、戦闘中に読んだりしてませんよね?」
「するかッ!!」
 フラガの手が、その一冊をバッと引っ手繰る。
 キラは残された一冊を、見るのも躊躇われるように目を細めて、けれど少し顔を赤らめながら、表紙に目をやった。
 綺麗な女性が、小さな水着だけを纏って、綺麗な唇で笑っている。
 男性向けの、性欲処理を目的とすると思われる、風俗誌。
 いわゆる、エロ本というやつである。
「別に読むのは善いと思いますが・・・普通戦闘機に載せるかなぁ・・・」
「うるせーな。この船に入った時に持ち込んだんだから仕方ないだろ」
「だから、どうしてそんなモン持ち込んだんですか」
「・・・その、色々あるだろうが、男なんだから」
 フラガはそう言うと、頭をがしがしと掻いて視線を逸らした。
 そういうものだろうか、とキラは思う。
 キラは元来、性欲に対しては淡白である。興味が無いとは言わないが、そういう話に競い合って参加するタイプではない。
 むしろ、放映されていたドラマのラブシーンにさえ顔を背けてしまう方だから、こういった風俗誌を手にすることもなかったのだ。
 考えずとも、フラガは大人の男なのである。「色々」あるのだろう、とキラは思った。
 フラガだって、きっと軍人などでなく、こんな船に乗る生活ばかりを続けていなければ、きっと女性に人気があるだろう、とキラは思う。
 実際、この間だって、ミリアリアがフラガ大尉って格好善いわよね、と話しているのを、トールが妬いていた。
(格好善いんだよな、大尉って。男らしいし、・・・凄く、強いし)
 男らしさも強さもないキラは、再び息をついた。
 それが、自分への呆れた溜息だと思ったフラガは、ぽりぽりと頬を掻く。
「だからさ、そういうわけだから、お前も気をつけたほうが善いぜ?」
「・・・何にですか?」
「俺に」
 そう言うフラガに、わけが判らずキラは振り向いた。
 どうしてですか、と。
 そう尋ねようとしたキラは、一瞬で息が出来なくなった。
「・・・んッ・・・!?」
 何が起こったのか判らずに、目を開く。
 しかし次の瞬間、キラの目は更に見開かれた。
「大尉・・・っ・・・ん・・・ッ!!」
 フラガの濃い金髪が、目に入りそうになる。フラガの目にではない。キラの目にである。
 キラよりも大きな唇が、キラの唇を塞いでいる。
 息が苦しくて口を開こうとすれば、その舌が滑りこんできて、キラは驚いて体を引いた。
 しかしいつの間にかホールドされていたらしく、がっちりとフラガの腕が挟みこんでいる。
 眩暈がするような熱が、唇を通して口腔へと流れ込んだ。
 くらり、とキラの視界が霞む。
 息も絶え絶えになった頃、フラガの腕がキラを解放した。
「・・・ほーら、言っただろ?」
 掠れた声で、フラガが言う。幾分低い声と、乱暴に口元を拭う仕草に、キラは何故か鼓動が早まるのを感じた。
 口をぱくぱくさせたまま、荒い吐息だけが喉から零れる。
「・・・・・・そういうのは、先に――言ってください」
 顔がかあっと熱くなるのが判る。
 この狭いゼロ機の中で、一体自分達は何をしていたのか。
 フラガがそんなことをした理由は判らないが、その行為の名前を思い出した途端、キラの頬は一気に赤く染まった。
 音でも出しそうな勢いである。
 フラガは緩めた胸元を指先だけで揃えると、
「・・・したぜ、俺は」
 とキラから視線を逸らす。
 キラも視線を合わせられずに、そっぽを向いて言った。
「タイミングなんですよ、・・・要は」


 その後ゼロ機の整備に来たマードック軍曹は、真っ赤になったキラに具合でも悪いのかと尋ねたが、結局キラは答えられないまま、逃げるように去って行ったという。


 (終)






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