君の冷たい口付けと



「・・・いい加減、機嫌直せよ」
 地球連合軍第八艦隊所属大尉、ムウ・ラ・フラガは、いつになく情けない顔で息をついた。
 大層立派な肩書きを持っているが、今、彼の居る場所は、残念ながらコックピットの中ではない。
 大尉他少数の上官にのみ与えられる、仮眠用のコンパートメントの、それでも寝台の中である。
 フラガが寝そべっている寝台の上では、その隣で、何やら不貞腐れたようにフラガに背を向けている毛布のカタマリが、一つあった。
 正確に言えば、それは毛布のカタマリではなく、毛布にくるまった少年、なのであるが。
 フラガがそのカタマリを情けない顔で見ていることに違いはない。
「ほらさ、こっち向けよ、もう」
「・・・ヤです」
「そんな不貞腐れんなよー」
「・・・・・・も、大尉なんて嫌いです」
 ぐさっと胸に刺さる言葉に、一瞬フラガは怯むが、確かに自分が悪くないわけではないので、降参するように息を吐いた。
 先ほどからずっとこんな調子なのである。
「まだ怒ってんのかよ」
「・・・別に、怒ってなんか」
「じゃあこっち向けってば」
「ヤだったらヤですっ!!」
 ぎゅう、とその毛布のカタマリが小さくなる。
 フラガは仕方ないなとばかりに身体を起こすと、そのカタマリの、おそらく頭であろうと思われる部分に、手のひらを乗せた。
「あー、もう顔出せってば。俺が悪かった。謝るよ」
「・・・本気で思ってます?」
「思ってる、思ってるって」
 誠心誠意を込めたつもりなのだが、しばらくして毛布の中からは「・・・絶対嘘だ」と小さな声が聞こえた。
「ホントに思ってるってば」
 フラガ指折り数えてみる。
「コックピットの中でキスしようとしたことも謝るし、人前で腰触ったことも謝るし、お前が厭がってんのに無理やりヤッちまって悪かったと思ってるし、起きて早々サカって悪かったと思ってるし」
「全然反省してないじゃないですか!」
 もっともな意見である。
 そして、少しトロいのか、しばしの時間をおいてから、毛布の中から不機嫌な声が聞こえる。
「・・・ていうか・・・いつの間に触ってたんですか、腰――」
「ありゃ。気付いて無かったのか」
「・・・も、本気でフラガ大尉なんて嫌いだ・・・」
 本当に拗ねてしまったようである。
 この謝罪は逆効果であるということに気付いたフラガが、どうしようかと悩む前に、毛布から小さく声がした。
「・・・・・・もう一つ、」
「ん?」
「もう一つ、付け加え忘れてますけど」
「何を」
「・・・・・・・・・付けないでって言ったのに」
 それはどうやら、謝る条項の一つであるべきなのだが、フラガにはどうも思いつかない。
 何を、と再び尋ねると、拗ねたような吐息。
 フラガはがしがしと頭を掻いた。
「何を謝れば善いのか、教えてくれよ、なあ、・・・坊主」
 その言葉に、もそもそと毛布が動く。
 そうこうしているうちに、毛布からひょこりと頭が一つ出た。
 思った通り、拗ねた顔をしている。
 視線は僅かに逸らされ、頬は紅い。毛布に潜っていたせいだろうか。
 恨めしそうな視線を辿り、その顔から首筋へと視線を巡らせたフラガは、ようやく気付いた。
「・・・キスマークか」
 あからさまなその言葉に、キラはぺちんとフラガの頬を叩いた。

 

 

 

 

 木目の細かい、柔らかな肌である。
 白く、触りごこちも善く、欲を言えばもう少し肉がついたって善いくらいのすべやかな肌に、しかし見慣れぬ紅い痕がついている。
 細やかな反面傷がつきやすい辺り、持ち主と似ているのかもしれない。
 首筋から始まるその痕は、点々と胸元へ、そして下半身までもに散らばっていて、それはあきらかに後天的な、むしろ人工的なものであることを物語っている。
「・・・どうしてくれるんですか」 
 キラは泣き出しそうな顔で言った。
「これじゃ、僕、皆の前で着替えなんて出来ないですよ」
「そりゃ善いじゃないか。お前の身の安全も保障されて」
「・・・意味判んないんですけど」
「うん。判らなくて善い」
 フラガは視線を這わせるように、キラの肌にじっくりと見入っている。
 昨夜あれだけ露にされた部分だが、明るい中で開かれた身体は、意味もなく恥ずかしい。
 キラは耳元まで紅く染めて、そっぽを向いている。
「もう、善いですから・・・大尉・・・」
「んー、コレ舐めても治んねえだろうなあ」
「舐めるって・・・や、ちょっとちょっと大尉、止めてくだ・・・」
 ぺろ。
 時既に遅く、フラガの舌先がキラの痕の一つをなぞる。
 ぴくん、とキラの身体が跳ねた。
「っや・・・」
「・・・あ、紅くなった」
「も、もー善いですっ!」
 バッとキラはフラガの腕を払うと、自分の身を守るように毛布を引き寄せた。
「もう金輪際フラガ大尉の言うことなんて信じませんッ!戦闘時以外絶対信じませんっ!!」
「・・・そんなに信頼ないかな、俺って」
 こくこくとキラは大きく首を縦に振った。
 トホ、とフラガは呟く。
「だってよ、そりゃ俺のせいもあるかもしれないが、半分は坊主、お前のせいだぞ」
「僕、何にもしてないですよ」
「何にもしなくても罪なの、お前は」
 そう言うと、フラガは隙をついて口付けようとする。
 流石に気付いて、キラは手元にあった枕を、ばふ、とフラガの顔に押し当てた。
 あてて、と間抜けた声がする。
「キスくらい善いじゃないの」
「厭です」
「何で」
「だって大尉の、・・・キスだけで終わらないでしょう」
 耳元が、また赤く染まる。
 キラは知っている。フラガの口付けを。
 決してソレが、いわゆる触れるだけのそれで終わらないことを。
 キラだって、もうあと四年もすれば成人なのだし、口付けを知らないわけではない。
 したことがあるとは言わないが、常識として、それがどういうものであるかということくらいは判っている。
 トールとミリアリアがこっそりしているキスを見たこともあるし、オーヴにいた頃はテレビなどでも見た。
 けれど、フラガの繰り出す口付けは、もはやキスではない――とキラは思っている。
 アレは一つの戦術だ。戦いだ。・・・勝つか負けるかの闘いだ。
 いつもキラは器用に動き回るフラガの舌使いによって骨抜きにされてしまうのである。
 そしてもっとハードなバトルへと持ち込まれるのだ。
 昨夜、それで散々腰を痛めているのである。
 これ以上のラウンドへ持ち込まれてしまえば、今日はストライクに乗れるかどうかも怪しい。
「・・・想像したら、感じる?」
 気付けば耳元で囁かれて、キラはカッと顔に血が上った。
 そして、近づいた胸を、慌てて手のひらで押し返す。
 大きい胸だ。男らしく、強い。
「大尉にこーゆー趣味があるとは思いませんでしたよ」
「実は俺も」
「・・・あのですねー」
 キラは息をつく。
「僕、男なんですよ」
「そうらしいな。小さいけど付いてるもんな」
「・・・ッ、で、ですね。フラガ大尉も、男ですよね」
「そうらしいな。大きいけど付いてるもんな」
 ばふ、と再びキラの枕が舞う。
 それを器用に避けて、悪かった、とフラガが言った。
 キラの溜息。
「もっと年相応で性別相応な方にして下さい」
「厭だ」
「そんな子どもみたいな・・・」
「見た目より結構ガキだぜ、俺は」
「そーゆーことを言ってるんじゃないんですよ」
 何度目かの溜息に、フラガは枕を避けつつ、指をぴっと立てた。
「つまり、纏めるとこういうことだろう?」
「・・・?」
「俺はもうちょっと欲望に素直になるべきだ、と」
 ばふっと枕が見事に命中した。 
 ピクピクとキラの眉が震える。
「・・・全ッ然違います」

 

 

「・・・けどさ、お前、何でそんなにキスが嫌いなの」
 すっかりフテ寝状態のキラの背に、フラガは声をかけた。
 くぐもったようなキラの声が聞こえる。
「キスが嫌いなんじゃないです。大尉のキスが嫌いなんです」
「うわ、傷つくなー」
「僕も相当傷ついてますよッ!!」
 男に口付けられ、挙句の果てには多大なる負荷をかける運動まで強いられて。
 ぶつぶつとキラはぼやいている。
「じゃあさ、舌入れなきゃいいんだろ?」
「そ、そーゆーあからさまなこと言わないで下さいっ」
 キラの頬が赤く染まる。
 キラは基本的に性欲に関しては淡白だが、その分フレーズに弱い。
 特にフラガのようにあっけらかんと言われては、照れている自分の方が馬鹿みたいなのである。
「俺は好きなんだけどな、キスって」
 フラガはキラの髪に手を伸ばした。
「ソフトでもディープでも・・・ホラ、暖かいじゃない、唇が触れるとさ」
 伸びたフラガの手が、背を向けたキラの唇に触れる。
 いつもは戦闘のコードを弾く、強い指先。
 その指先が、別の感覚をもって唇に馴染む。
「だからって――コックピットの中では、止めてください」 
「だって安心したんだぜ? 本当、どうなるかと思ったから」
 だから、温もりを。
 温もりを感じたくなる瞬間があるのだと、フラガは言う。
「多分これって非日常だろ。でも、俺たちの傍には日常的に闘いとか怪我とかあって――死もあって」
 非日常であったとしても。
 非日常だからこそ。
 それが日常のものとならぬように。
 死さえも平気と思えてしまうような、そんな人間にならぬために。
「コックピットは・・・闘う場所でしょう。不謹慎ですよ」
「お前、やけに拘るね、コックピットに」
「そりゃ・・・まあ・・・」
 不意にキラの語尾が怪しくなる。
「どうして?」
 フラガが耳元で囁く。
 キラは逃げようとするが、若き軍人であるフラガがそれを見逃すわけもなく、容易く腕にからみ取られる。
「・・・落ち着かないでしょう・・・?」
 キラは観念したように、吐息の中に言葉を吐いた。
「あそこに座る度、思い出して――落ち着けないでしょう?」
 キラの目元が染まる。
 その言葉に、一瞬フラガは目を見開いた。
 そして、困ったように何度か視線を揺らすと、がりがりと頭を掻いた。
「・・・参ったな――」
 キラの身体を自分の方に向かせると、「え?」とキラが不思議な顔をするのも気にせず、そのままその身体に圧し掛かる。
 否応なく唇を寄せると、反応が遅れた戸惑いが唇から伝わった。
「ちょッ、大尉・・・っ、フラガ大尉・・・ッ!?」
「お前が可愛いこと言うから、俺の方が落ち付かなくなっちまった」
「ちょっと大尉ッ、もうすぐコールが――」
「最中にかかったらどうしような?」
 フラガは口元を上げてニヤリと笑った。
 キラの顔が、またかあっと赤くなる。
 その顔に一つキスを落とすと、フラガは耳へ、首元へと唇を走らせた。
 掠れた吐息が、耳に心地よいリズムで聞こえる。
「・・・キス、しようか」
 耳の中に息を吹き込んで目の中を覗くと、潤んだ紫色が数度瞬いた。
 それを肯定と取り、フラガは唇を寄せる。
 やがて吐息が混ざり始め、肢体がゆっくりと絡み始める。
 フラガは腕の中にある愛しい温もりに身を寄せながら、ふと、この温もりをいつまでも感じることが出来ればと、
 ・・・そんなことを、思った。


 (終)






BACK