SELFISH



「無理するなって言ったのは誰でしたっけ?」
 キラは溜息を付きながら、目の前の寝台で横たわる男を見た。
 白いシーツが余りにも似合わない男は、しかし今日ばかりは額に手の平を当て、眉を顰めている。
「あー、俺・・・だったような気もするな」
「じゃあ今目の前でへたばってるのは誰ですか?」
「うー・・・多分、俺」
 その言葉に、多分じゃないですとキラは言い返す。
「人に無理するなだのきちんと休めだの言っておいて・・・あきれた、自分はこの始末ですか」
「あー、判ったから、あんまり耳元で叫ぶなよ。さっきまで頭がガンガンしてたんだから」
 そう言いながら、男は整った眉を下げた。
 ふうとキラは息をつくと、サイドテーブルの紙袋を示す。
「薬、ちゃんと効いてますか?」
「効いてるさ。多分、大したことねーとは思うんだけどなあ・・・」
「大したことのない人間が倒れたりしません」
 ついでに頭がガンガンしたりもしません。
 キラがきっぱりと言い捨てると、「お前って冷たいヤツだなァ」と男は情けない口調で言った。
 その男に、追い討ちをかけるようにキラは片眉を上げて言った。
「一体何日徹夜してたんですか、フラガ少佐」

 第八軌道艦隊所属船アークエンジェル。その肩書きは、地球に降りたといっても変わらない。
 そして相変わらず、敵に対する実戦力となる軍人の人数というのも変わらない。
 元々人数不足は承知のアークエンジェルだ。連戦ともなれば、機体の整備や仕事の交替が上手く行かず、ついつい一人あたりの仕事の量が増える。
「だからと言って少佐が倒れちゃなんにもならないじゃないですか」 
 キラは何度目かの溜息をついた。
 この船の中で、実際の戦闘力となりうる人員はたったの二人。
 その一人はキラであり、もう一人は今キラの目の前で二日酔いの酔っ払いのように唸っている男、ムウ・ラ・フラガなのである。
「別に俺だって倒れたくて倒れたわけじゃねーよ」
「先週、僕が体調を崩したときに『自己管理をするのも軍人の務めだ』とか言って笑ってたの誰でしたっけ」
「うう・・・お前って容赦ないよなぁ:::」
 このフラガ、地球軍少佐という立派な肩書きを持っていたりするが、その肩書きも今の様子を見れば逃げて行きそうな情けなさである。
 フラガが倒れたのは、こともあろうかキラの目の前だった。
 スカイ・グラスパーから降りてきたフラガが、ほんの少しだけぐらついた後、機体にもたれかかるようにバランスを崩した。
 それを最初に見つけたのはマードック軍曹でした。
(どうしました、少佐。顔色が悪いですぜ?)
(・・・いやぁ、どうも重力に慣れなくてね。――あとの整備、頼める?)
(勿論。ま、たまには休んで下さいや)
 軍曹に手を振って軍倉庫を去るフラガ。
 ストライクから降りたキラは、フラガの顔色の悪さが気になってそっと後を追いかけた。
 重力に慣れないのはキラも同じだ。
 そう長いこと宇宙にいたわけでもないのに、体がいつの間にか無重力に慣れてしまっていて少し動くのでも体力を使う。
 ましてや、生活のほとんどを宇宙船と戦闘機の中で過ごしていると言っても間違いではないフラガなど、体にかかる負担は相当のものだろうと思う。
 けれどフラガも軍人である。それなりに体は鍛えているはずだ。
 キラはよく知らないけれど、フラガが蔭で「エンディミオンの鷹」と呼ばれるほど優れた軍人らしい。
 その由来は以前のフラガ戦績によるものらしいが、そんな異名を持つ男が重力くらいでは崩れやしないことくらい、キラだって予想がつく。
 だからこそ、そんなフラガの顔色が悪いことを気にかけたのだ。
(・・・少佐?)
 軍倉庫を出ると、果たしてフラガの姿は見えなくなっていた。
 部屋に戻ったのだろうか、それなら善いのだがと引き返しかけたキラは、廊下の曲がり角の死角に軍服の裾のようなものが見えた気がして足を進めた。
(・・・少佐ッ!?)
(――あ、坊主・・・か)
 フラガが廊下の壁に身を預け、荒い息を吐いていた。
 運動をしたわけでもないのに激しい呼吸。その額にじっとりと浮かんだ汗。充血した目。
 その様子が尋常でないことは一目瞭然だった。
(フラガ少佐、どうしたんです・・・っ!?)
(――静かにしろ)
 しい、と指を唇に当てられる。
 そして、周りに誰もいないことを確かめてから、小さく耳元で言った。
(医務室に行って薬を貰って来い)
(・・・薬?)
(ああ。但し――っ・・・)
(・・・少佐!?)
 最後まで言い切らないうちに、体がぐらりと傾く。キラが慌てて支えると、フラガの体は異様に熱かった。
(少佐、大丈夫ですか?・・・ああ、医務室まで行かないとっ)
(・・・俺の部屋で善い。すぐそこだから。お前は医務室行って薬貰って来い)
(ええと、何の薬ですか?)
(熱冷まし――で善いや)
 そして、キラに低く耳打ちをした。
(但し、俺が熱あるって言ったら動揺させるから)
(――少佐)
(だから、絶対俺の名前は出すな)
 そしてその言葉通り、キラは自分用のものだと言って熱冷まし用の薬を医務室から貰ってきたのである。
 そうしたら。
「・・・そしたら今度は部屋の中で倒れてるんですもんね。――まったく」
「頭ぐわんぐわんしてたんだって。・・・あー、ちょっと治って来た」
 フラガは少し戻ってきた顔色をして、目を細く開いた。
 薬を飲んで一寝入りしたせいだろうか、その目の充血も随分治ってきたようである。
 キラは血の気のさし始めたフラガの頬にホッと息をついて、それからまた眉間に皺を寄せた。
「それ、薬が効いてきたからじゃないと思います」
「・・・んあ?」
「少佐、寝てないんでしょう。睡眠不足ですよ、とどのつまりは」
 責めるように言い立てると、フラガは欠伸を一つして、キラの視線から逃げるように寝返りを打った。
 寝やすくするために軍服の上着は脱いでいるので、寝返ったはずみにしっかりとしたフラガの鎖骨がキラの視界に入った。
 自分などよりよっぽど男らしい体つきである。その男らしさがキラは時々羨ましい。
「聞きましたよ、マードック軍曹に。新しい機体の整備でここ数日徹夜してるんですって」
「仕方ねーだろ。動かなきゃどうしようもないんだから・・・ってお前、俺が倒れたこと軍曹に言ったのか?」
「言ってないですよ。――言わないほうが善かったんでしょう?」
 そう言うと、フラガはホッとしたような表情をして、またばふっとシーツに身を預けた。
「まあな、別にそれでどうこうってわけじゃあないんだが、――この船じゃ俺とお前しか戦闘機扱えないわけだし」
 下手な動揺はかけたくないから、とフラガは言った。
 キラの眉が歪む。
「そんなこと言って、いざって時に倒れられた方が迷惑ですよ」
「お前結構言うよなァ。・・・何だ、ナニ怒ってんの、坊主」
「そりゃ怒りますよ。――人の心配ばかりして」
 キラはふいっとフラガから顔を背けた。
「自分の自己管理も出来ないような人に、他人を心配する権利はありません」
 そういうキラは、つい先日体調を崩して、フラガに心配されたばかりなのである。
 だが自己管理も出来ないような――というのはキラの言い訳である。
 怒っているのは事実だ。だがそれはフラガの矛盾する行動に対してではない。
「寝てないなら寝てないとか――ツライならツライとか言って貰えたら僕だって対処したのに」
「ハハッ、死んでも言わねーよ、そんなことは。お前に心配かけるほど俺も落ちぶれちゃいないさ。安心しろ」
 フラガは冗談のように笑ってそう言うと、キラの頭をなでようとした。
 だがその言葉にキラはカチンときて、思わず自分に触れようとしたフラガの手を振り払った。
「僕は心配してるんじゃありませんッ――!!」
 突然の剣幕にフラガが目を白黒させる。
「・・・おい、どうしたんだ坊主――」
「どうしてあなたはいつもいつも――」
「・・・坊主?」
 フラガの訝しげな声に、キッとキラはフラガを睨んだ。
「いつもいつもそうやって自分のことは隠して――僕のことは遠慮もなく踏み込んで来るくせにッ!」
 鋭いキラの視線が、フラガの蒼い瞳を貫く。
 二人の間には、しばらくの沈黙が流れた。
 そしてようやくフラガがその言葉の意味を理解した頃には、もうキラの顔はフラガから背けられ、そっぽを向いていた。
「――キラ。」
 フラガは、驚いたような声を上げた。
「お前――」
「僕は、」
 キラはフラガの言葉を遮った。
「僕は別に・・・あなたのことなんて、どうでも善い」
 突っ張ったような言葉に、フラガの表情が少し和らいだ。
 こういう時のキラが素直でないことはフラガもよく知っていることだからだ。
「どうでも善いけど、でも僕のことは要らないくらい気にかけて、入って欲しくないところまでズカズカ入り込んで来て、」
「――キラ、」
「それなのに自分のことは何一つ言わなくて、痛いのもツライのも何にも僕には教えてくれなくて――」
 キラは俯いて小さく言った。
「そんなのは、・・・ズルイです」
 その頬がわずかに赤くなっているのを見て、フラガの口元はゆっくりと上がった。
 ・・・心配をかけてはならないと思ってきた。この小さな存在が傍にあるだけで、もう十分だと思っていたから。
 ナチュラルだとかコーディネーターだとかそういう枠などとうに越えて。
 それでもその存在を手にしたいと思ったのは、自分だ。 
 だからこれは自分の我侭。自分の勝手。――自分のエゴ。
 それをキラに押し付けるようなことは、絶対にしてはならないと思った。
 だがキラには判っていたのだろう。
 自分の我侭を相手に言わない、痛いこともツライことも打ち明けない、――それこそが本当のエゴであると。
 少しくらいは自分にだって心配させてくれと。キラは言外にそう言っているのだ。
 ・・・この気持ちは完全な一方通行だと思っていたフラガは、だから驚いたのだ。
 それが自分の彼に対する思いとは等しくないものだとしても、彼から自分に向く思いがあったのだから。
 フラガは躊躇わずキラの腕を引き、ベッドの中へと引き寄せた。
「・・・え、ちょっ、ちょっと少佐――うわッ」
 ばふっと重力に任せてキラの体がフラガの腕に抱き寄せられる。
 一瞬の混乱の後にそのことに気付いたキラは、カッと顔を赤くする。
「――少佐」
「眠い、寒い、サミシイ」
「・・・え?」
「だから一緒に寝ようぜ、キラ」
 フラガが片目でウインクして見せると、その意味が判ったのか、キラは益々顔を赤くした。
「え、嫌だ、ちょっと少佐――っ」
「善いじゃないの、たまには俺の我侭聞いてくれたって」
「そりゃちょっとくらいなら聞きますけど・・・ってフラガ少佐ッ、あなたどこ触って――やッ」
「んー?一寝入りして体力も十分だしな」
「それ答えになってないですってばッ!!・・・ん、」
 唇を唇で塞がれたキラは、言葉を紡ぐこともできず、眉を寄せる。
 そして噛み付くようなフラガの口づけに少し身を引いて、溜息混じりに言った。
「――本当に我侭な人ですね、あなたは」
 その言葉にフラガは口元を軽く引き上げると、そのままキラの体を引き寄せた。


 (終)






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