LOCK OUT



「弱ったなぁ・・・」
 キラは頬をポリポリと掻きながら扉の前で立ち往生していた。
 扉の向こうは士官室になっている。その中で眠っているのだろうか、士官室の主は幾ら呼んでも出てこない。
 出来るだけ早く呼んできてくれと言われた手前、気は焦るばかりである。
 他の上官でも通れば事情を説明して扉を開けて貰うのだが、幾ら通いなれた部屋だとは言え、無断で部屋の中にはいるわけにもいかない。
 何しろこの部屋の中にいるのは、自分の上官――それも三官位も上の少佐なのである。
「・・・どうしよう・・・」 
 キラはもう一度弱々しげに呟くと、もう何度目になるか、扉の開閉ボタンを押しかけた指を止めた。

 


「おーい、少佐知らねえか?」
 その声にコックピットを開けると、マードック軍曹が片眉を上げてこちらを見ていた。
 キラは作業中のキーボードを上げると、首を傾けた。
「さあ。――新しい戦闘機の調整でもしてるんじゃないんですか?」
「その調整をやろうってのに、時間になってもなかなか現れないのさ」
「・・・じゃあまだ部屋にいるんでしょうかね」
 キラはふと視線を上げる。
 ストライクの隣に止まっているスカイグラスパー。
 先日までフラガが乗っていたゼロ機に比べると、いささかはっきりとした色合いがまだ目には慣れない。
 どうしてもあのくすんだオレンジ色のイメージがあるからなのかもしれない。
 白をベースにした青と赤のラインは、どちらかといえばストライクの色に近い。軍倉庫の床から並んだ二機を見れば、まるでお揃いのようにも見える。
 そして実際のところスカイグラスパーはストライクへの応援機にもなるのだと先ほど聞いて、なるほどとキラも納得したばかりである。
 だが、その肝心のパイロットは未だ部屋で休んでいるのか、見ればスカイグラスパーの周りには困ったような顔をした整備士が数人屯っている。
「坊主、そっちの整備は終わりそうか?」
「ええ、まあ。後少し打ち込めば」
「じゃあ悪いが、少佐を呼んできてくれ」
 整備が終わった後で善いから、とマードック軍曹はつけ足した。

 

 そんなワケで、キラはフラガの部屋の前に居たりする。
 ――が。
「フラガ少佐? フラガ少佐、いらっしゃるんですか?」
 呼べどくらせど出てこないのである。
 ブリッジを探してもラウンジを探しても居ない。途中で会ったミリアリアとトールにも尋ねたが、フラガの姿は見なかったという。
 ・・・となれば、恐らくこの扉の向こうにいることは確かなのだが。
 眠っているのか――返事でも出来ない状況にあるのか。
 返事の出来ない状況。一瞬それが頭を掠め、まさかそんなことはと思ってみるが、一度考えてしまうと頭から離れなくなってしまい、この間風邪で倒れた姿もあいまって、キラはふるふると頭を振った。
「フラガ少佐、いらっしゃるなら返事して下さい」 
 コンコンと扉を叩くが、やはり返事は無い。
 時計を見ると、軍曹に言われた時間からはもう大分経っていた。
(・・・仕方ないよな。返事しない少佐が悪いんだから)
 キラは息を吸い込むと、思い切って開閉ボタンに手を伸ばした。
「・・・開けますよ、少佐?」
 返事は無いが、キラはボタンに手を添えた。シュンッと軽く扉が流れる音がして、見慣れた部屋の様相が目に入る。
 数歩、部屋に足を踏み入れると、すぐにベッドに身を投げ出したフラガの姿が見つかった。背後で再び扉が閉まる。
 思った通り、眠っていたようだ。しかしあれだけ呼んでも起きないとはどうした神経だろう。
 軍人たるもの、エマージェンシーの時にはすぐに飛び出せるような用意が必要であるはずなのに。
 キラはそう思いつつ、口をへの字に曲げてベッドの傍へ近寄った。
 シャワーを浴びて、そのままなのだろうか。一応軍服のズボンだけは身につけているが、上着は傍のサイドテーブルに放られたまま、髪は少し濡れて乱れている。
 地球に降り立ってからというもの神経の休まる暇が無かったのだろうか、フラガはキラが傍に近づいたことにも気付かぬ様子で寝息を立てている。
 長い睫毛に縁取られた目は開く様子もない。
 キラはふうと息を付くと、フラガを揺り起こそうと手を伸ばした。
「フラガ少佐、いい加減に起きて――」
 起きて下さい、と言おうとしたキラは口をつぐんだ。
 何でもないことだ。
 ただ、キラが手を伸ばしたはずみに少しベッドが揺れ、フラガの金髪がぱさりと零れた。
 その髪に、前髪に隠された睫毛に、そして――唇に、ほんの一瞬見蕩れてしまったのだ。
 それに気付いたキラはすぐに顔をカッと赤くしたが、もうその顔の火照りは収まらなかった。
 初めにちょっかいを出してきたのはフラガの方だった。オーヴのアークエンジェルの傍で出会い、それからすぐ後のことだったようにも思う。
 気に入ったのか別の理由があったのか、とにかく簡単に自分に触れたがる。
 コミュニケーションの一環として肩を抱いたり、無重力の中で抱き上げたり。そんなことは度々だった。
 それを鬱陶しく思ったことはなかった。というよりも、明らかに敵視されるはずの自分を受け入れてくれる人が珍しく、嬉しくもあったのだ。
 それが、たとえ自分を利用するための手段であったとしても、構わないとキラは思う。
 だが、それに素直に応じ切れない自分もまた存在する。触れられることに慣れていない体は、ボディ・コミュニケーションには敏感になってしまうし、それが拒絶と受け取られることもしばしばだ。
 初めて口付けられた時は、正直顔から火が出るかと思った。フラガにそういう趣味があるのかどうかは知らないが、キラにとっては男にせよ女にせよ初めてのことだったからだ。
 だがその次の日に会えば、フラガは自分とは何も無かったかのように接する。
 そしてまた同じことを繰り返したりもする。
 その繰り返しに進んで応じたことはない。フラガの強引なそれを、自分が厭々ながら受け入れる――そんな体制になってしまった。
 たまには素直になりたいと思うけれど、今までの手前そう言うわけにもいかない。
 しかし今ならフラガは眠っている。キラの中でフツフツと何かが湧き上がった。
「・・・少佐、」
 呼ぶが、起きる気配は無い。驚くほど声がかすれているのが自分でも判った。 
 そっと指先をフラガの髪に触れさせる。独特の揺らめきを持った髪は、くるりと指に引っかかって、艶やかな感触を残した。
 バクバクとキラの心臓が激しい音を立てるのが判った。
 自分が何をしているのか判らなかった。
 ただどうしてもその髪の感触だけでは足らなくて、そっと背伸びをした。
 そして、片手をフラガの顔の傍に立てると、音も無く自分の顔をフラガへと近づけ、
「――少佐」
 キラは震える唇をフラガのそれへと触れさせた。
 自分よりも仄かに低い体温。それは自分の体が熱いせいだということに気付いて、キラは唇を離そうとした。
 ――が、離せなかった。 
 気付くと、頭の後ろをがっしりとした手が掴んでいたからである。
「ン・・・む・・・ッ!?」
「んー、いけないなァ、ヤマト少尉。・・・こっそりキスを盗むなんて、ね?」
 見ると、いつの間に起きていたのか、フラガが片目を閉じて悪戯っぽく笑っている。
 しまった、とキラは顔を赤くして慌ててその手を振り解こうとしたが、却ってそれはフラガの力を強めることになった。
 頭を引き寄せられる形になったキラはバランスをくずし、ベッドへと倒れこむ。
 そうなって初めてようやくフラガはキラの唇を解放した。
「・・・んッ――、フ、フラガ少佐、起きてるなら返事してくださいよっ!!」
「えー、だって王子様はお姫様のキスで目覚めるモンだろうが」
 逆です逆、とキラは心の中で突っ込みつつ、口元を乱暴に手の甲で拭った。
 まだ顔が赤いのが判る。恥ずかしくてフラガの顔もマトモに見る事が出来ない。
「あーあ。顔真っ赤。・・・鏡見る?」
「見ませんってば!・・・・・・もう、信じられない、フラガ少佐って!」 
「何が〜?」
「起きてるなら起きてるって言ってくれれば・・・・・・こんな――」
 こんなコトはしなかったのに、とキラは言いかけ、自分が「こんなコト」をしようとしていたのだということに気付いて、またカッと顔を赤くした。
 その様子をフラガは面白そうに見ている。
「――こんなコトって? 何?」
「なななな何でもありませんっ!」
「へえ、それってさァ、もしかして、」
 フラガはニヤリとした笑みを浮かべ、キラの耳元に唇を寄せて低く言った。
「――キス?」
「・・・・・・・・ッ!!!」
 キラは言葉も出せずに、今度こそ耳まで真っ赤になって、手元にあった枕をフラガに押し付けた。
 そして力ずくでフラガから体を離すと、ベッドから離れ、服をバサバサと無造作に整えてそっぽを向いた。
「ぼ、僕はマードック軍曹に言われて少佐を呼びに来ただけですっ」
「ほーぅ。軍曹はこういう呼び方をしろって?」
「断じて言ってませんッ」
「じゃあ『ヤマト少尉』の趣味か」
「それも断じて違います!」
 キラは背を向けて、サイドテーブルにあった上着を乱暴にフラガへ放ると、耳まで赤くしたまま部屋の外へ歩いて行こうとした。
 フラガは放られた上着を受け取りながら、声をかけた。
「――キラ。」
 その声に、キラはどうしても振り向いてしまう。
 顔が真っ赤であることが判っていても、どうしても振り向いてしまう。
「今度は俺がお前を起こしに行くから」
 楽しそうなフラガの声に、キラはまた耳を赤くしてそっぽを向く。
 もごもごと呟いた後、ちらりとフラガを見て言った。
「――扉にロックをかけてお待ちしていますッ」
 

 その日の夜、士官室を管理するコンピューターが何者かによって一時使用不可となり、そのため士官室の部屋のライトやインターホン、空調や扉のセキュリティなどが使えなくなるという事態が起こったというが、事の真相は明らかでない。

 (終)






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