空ノ見ル夢



 どこまでも続く蒼い空。
 本物の空。
 手を伸ばしても届かないトコロにある、決して触れられない空。
 ざらり、と耳元で砂が流れる音がする。
 フラガは砂の熱さに身を横たえたまま、じっと空を見上げていた。
 コロニーで見る造り物のソレと善く似た蒼い空が、阻まれるもののない砂漠の上に広がっている。
 ところどころ白い雲が落ちている以外に空が途切れる場所は無く、まだ日の落ちない時間であるせいか、ジリジリとした熱を地上へと伝えている。
 それでも余り暑さを感じないのは、湿気に乏しいせいだろうか。
 少し身じろぐと、髪に絡まった砂がさらさらと音もなく零れた。
「・・・・・・」
 フラガにとって、地球は故郷であり、異郷である。
 生まれた場所ではあるが、育った場所ではない。
 十六の時に兵に志願してもう十二年が過ぎた。その間のほとんどを宇宙空間で過ごしている。
 生まれた場所にしてみたところで、このアフリカの地からは程遠い。
 それでも見上げるこの蒼い空はどこかで繋がっているのだと思うと、不思議な気分になった。
 ゆっくりと流れる白い雲。
 それが不意に触れられそうなものに思えて、フラガは手を伸ばした。
 だが、その手の先に現れたのは雲でも空でもなく、自分を覗きこむ見慣れた少年の姿だった。
「・・・何してるんですか、少佐。」
「何だ、坊主か。――驚かすなよ」 
「別に驚かしてはいませんけど。・・・探してましたよ、マードック曹長が」
 キラは少し困ったような声でそう言った。
「機体の最終整備があるから来て欲しいって」
「曹長が? ・・・ちぇ。坊主、お前代わりにやってくれよ」
「なに言ってるんですか、少佐の機体でしょう? 僕が整備してどうするんです」
 ぷぅと頬を膨らませて、「ホラ早く」とキラはフラガを促す。
 その姿が太陽の光で逆光になり、フラガは眩しくて目を細めた。
 そんなフラガの様子をヤル気ナシと取ったのか、キラは溜息を付きながら、フラガの傍に膝をついた。
「大体こんなところで寝てたら危ないですよ。いつ攻撃があるかも判らないのに」
「だってどのみちスカイグラスパーは整備中だし、――俺がアークエンジェルで待機してたって立つ瀬はないじゃないか」
 そう言いながら、フラガは数十メートルほど離れたところに隠されたアークエンジェルに目をやった。
 宇宙を泳ぐ巨大な母艦は、地上では足掻く一匹の魚のように縮こまって見える。
 それは自分も同じだとフラガは思う。
 モビルアーマーに乗ればそれなりに攻撃に対する力はあるつもりだが、機体は整備中、持っている武器は護身用の銃だけという今の状況では、一般兵よりも銃に慣れない自分は足手まといになるだけだろう。
 そう思って言ったのだが、キラは深く息を付きながら呆れた顔をした。
「そういうことを言ってるんじゃないですよ」
「じゃあどーゆーことさ?」
「だから・・・寝るんならアークエンジェルの中の方が安全だって言ってるんです」
「・・・あ、なるほど」
 攻撃を受けたとき、スカイグラスパーで出撃するために中に入れというのではなく、こんなところで寝ていたら身の危険だ――とキラが言いたいのだと悟って、フラガは苦笑を漏らした。
「坊主。お前、結構優しいじゃないの♪」
「・・・普通、仲間が危険に晒されてたら誰だって心配しますよ」 
 そう言って、キラは片眉を上げた。
 だからホラ早く、と自分に向かって手を伸ばす。
 細い指だ。少年ぽさの残る手。だがその手はストライクの中で操縦を担い、確実に敵を撃つ手だ。
 その指の意外な程の細さと白さに、フラガは目が眩んだような感覚を覚えた。
 
 コーディネーターでありながら、地球軍に属する少年。
 彼が図らずもそうなってしまった理由は、自分達にもあるのだという責任感がフラガの中にはある。
 キラがコーディネーターであるというのは、その戦闘を一部見ればすぐに判ったことだった。
 フラガはブルーコスモスではない。ナチュラルだから人間であるとか、コーディネーターは人間でないとか、そういうことを意識したことはない。
 中途半端な形で生まれてきてしまった自分。闘うことに存在意義を見出した少年時代。
 コックピットの中に入り、モビルアーマーの中で闘い、そして相手を倒し賞賛される自分。
 いつの間にか、そんな姿が当たり前になっていた。
 敵を殺すことが勝つことだと教えられ、開戦から無我夢中で闘ってきた。
 ザフト軍――コーディネーターも、そうしてまるで優秀な機械のように闘うのだ、だから我々もそれに匹敵する力を持たねばならぬと、耳が痛くなるほどに聞かされた。
 だからそうして闘った。
 エンディミオンの鷹という異名は、フラガにとって嬉しくもないものだったが。
 だが、キラという一人のコーディネーターにフラガが対面した時、フラガの中でガラガラと何かが崩れ落ちていくのが判った。
 彼は優秀な機械でも戦闘機でもなく、ただ一人の少年だった。
 精神も肉体もまだ発展途上の、単なる脆い子どもだったのだ。
 一体自分が今まで対峙してきたものは何だったのか。
 キラはメカニックの知識は豊富だが、戦闘では未熟な面も多く、何より精神面が危うい少年だった。
 今でこそ戦闘面での不安は消えてきたが、まだまだ危ないところも多い。突付けば壊れてしまうのではないかと思うほどに脆いところもある。
 勿論キラは訓練も何も受けずに戦闘を強いられた普通の少年なのだから、ザフト軍として自分に立ち向かうコーディネーターとは違うだろう。
 だが、キラの傍に添い、あるいは時によってその涙を慰め、体に触れるとき、その危うい脆さに鳥肌すら立つことがある。
 自分が決定的な何かを勘違いしてきたのではないかという不安。

 人間でないのは彼らコーディネーターではなく、敵を殺すことを「勝つ」ことだと教えられてきた自分なのではないか。
 
「――少佐?」
 自分の手を取らないフラガを不審がったのか、キラは小首を傾けた。
 男にしては長めの茶色の髪が、合わせてさらりと揺れる。
 覗きこむ視線から逃れようと、フラガは慌てて口を開いた。
「・・・空が、さ」
「――空?」
 言われてキラの視線が空へと逸らされる。
 先ほどから雲が少し動いた空は、それでもその蒼さが薄らぐことはない。
「空が・・・綺麗だなァと思ってさぁ」 
 まるで子ども騙しのような逸らし言葉だが、キラはフラガの言葉に「そうですねえ」などと返しながら空を見た。
「やっぱりコロニーの空とは色が違いますね」
「・・・そぉ?」 
「ええ。――コロニーの空より気まぐれです」
 キラはそう言うと、苦笑いをしてフラガを見た。
 彼が住んでいた中立国、オーヴの一つのコロニーは、地球軍とザフト軍のために壊された。
 だからキラはこの軍に属することになってしまったわけだが、彼がそもそも戦争など好きではないということは、すぐにその態度からも判る。
 殺すことも殺されることも嫌だから、中立国に移り住んだのだろう。
 守るべきもののために始まった戦争で、そうした心を持つキラでさえも戦渦に巻き込まれようとしている。
 血と火花と光線と飛び交う闘いの中で――、こうしたゆっくりと流れる時間を持つことも難しくなってきた。
 当たり前に生きることが難しい世界。
 そんな世界で、人を愛してはいけないと知っていながら。
 それでも気付けばキラの姿を目で追っている最近の自分を、フラガはよく判っていた。
 コーディネーターだからとか、戦闘の腕が善いとか、そういった理由からではなく。
 初めはその余りの脆さから来る本能だった。
 今は――どうなのだろう。
「・・・ああ、なるほど」
 キラが突然声を上げた。
 ずっと空を見ていたキラが、フラガの不思議そうな顔に照れ笑いをした。
「どうした?」
「いえ、この空、どっかで見たことあるなぁって思ってたんですよ」
 キラはじっとフラガの目を見つめた。
 そうしたら、と続けて言う。

「・・・少佐の目も同じ色だったんですね」

 フラガは、大きく目を見開いた。 
 ――ああ、そうか。
 何だ、そうだったのか。
 そんな単純なことだったのか。 

 フラガは躊躇うことなくキラの顔を引き寄せると、きょとんした表情を浮かべたキラを口元を引き上げて見つめた。
 間近に寄せられた顔に動揺したのか、キラの顔がかぁっと赤くなり、じたばたともがくような姿勢を見せる。
 誰かいないかと周りを見回したのだが、幸か不幸か辺りに人影はない。キラはますます顔を赤くした。
「・・・ちょ・・・っと、少佐・・・っ」
「お前、なかなか挑発的なことを言ってくれるじゃないの」 
「ぼ、僕何も言ってませんてばっ!!」
「――嘘付け」
 戸惑いのない唇が触れる。

 守りたいと思う。
 誰よりも、その存在を守りたいと思う。
 その力こそが自分にある想いなのだと。
 その想いに名前などなくても。
 単純な口説き文句で自分を侵食する、その幼く純粋な人に、
 だからきっと自分は癒されているのだろう。

「・・・ン・・・う・・・ッ・・・・・・」  
「可愛いなァ、お前」
「・・・な、何言ってるんですかッ! てゆーか何するんですかイキナリ!」
「お前が可愛いのがイケナイ」
「何で僕のせいになるんですかッ」
 真っ赤な顔で、俺を見るその君の姿を。
「油断するお前が悪いんだよ」
「どうしてそうなるんですか。もぅ少佐なんて・・・っ」
「――なァ、ちょっと耳貸しな」
 今はまだ、からかう言葉しか言えないけれど。
「・・・好きだよ、キラ」
「・・・・・・っ・・・」
 本当は誰よりも、君に救われるから。
「ぼ、僕は少佐なんて大っ嫌いです・・・っ・・・」

 君が空に喩えたこの蒼い目に、
 いつまでも君が映っていますように。

 (終)






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