ここでキスして。



 貴方を愛しても善いのだろうか。

***

「・・・何考えてるんだ?」
 耳元でゾクリと戦慄くほどの甘さで言葉が呟かれる。
 だがその声は冷たさに満ちていて、快楽とは別の震えが背筋に走るのをキラは感じた。
 ぐ、と押し付けられたフラガの体とロッカーの間に挟まれ、身動きが取れないのは先ほどと同じだが、否応無しに感じる無遠慮な冷たい視線に身を竦ませ、キラはその視線から逃げるように顔を背けた。
「別に、何も」
 そう言うと、一瞬力の緩んでいたフラガの手に再び力が篭る。
 その手はキラの背後から前へ伸びていて、目を背けたくとも視界に入ってしまう位置でキラのジッパーの中へと潜り込んでいる。
 半分起ち上がりかけているそれに力を込められ、否応無くキラは悲鳴のような息を吐いた。
 ヒクリと喉が震える。前走った自分の体液なのか、フラガの手はぬるりと濡れていて、それがどうにも恥ずかしい。
 耐え切れず手の平でロッカーに縋ると、先ほど自分が開けた、パイロットスーツの入ったロッカーの扉がキィキィと音を立てた。
「じゃあ、質問を変えよう」
 フラガは更にキラをロッカーへと押し付けると、キラの腰を自分の方へと引き寄せた。
 身長差はあるものの、キラの敏感になった体は服越しでもなおフラガのソレの形を感じてしまい、思わず腰を引こうとする。――が、その動きは予想通りといわんばかりにフラガの腕に易々と捕らえられてしまうのだ。
「――誰のことを考えてるんだ?」
 フラガの声が一層低くなる。
 キラはビクリと肩を震わせると、蠢くフラガの指から一生懸命気を逸らそうと目を閉じた。
 だがそれは逆に指の動きを鮮明に追わせることとなり、昂ぶったキラのソレはいよいよ天井の方を向いてしまう。
 キラの荒ぶる吐息とは対照的に、フラガは冷静にキラのうなじに唇を這わせると、強く吸って一つ痕をつけた。
 困る、とキラは苦情を言おうとして口を開いたが、口から零れたのは結局吐息と嬌声だけだった。
 パイロット専用の更衣室に他者が立ちいることは無いだろうけれど、仮にも戦闘配備が出されている状況でこんな行為に及ぶなんて、フラガはどうにかしている、とキラは朦朧としながら思う。 
「別に、誰の・・・ことも――」
「嘘付きにはお仕置きが必要か?」
「・・・そ・・・んな――」
 フラガの指がキラのソレから離れ、奥へと伸びる。
 そしてくちゅくちゅと蕾の入り口をなぞると、それ以上は決して入らない。入り口で遊んでいるだけだ。
 それは逆に自分では解放しようもない熱を体の奥へ生み出していく。
 熱は甘い疼きとなり、それはキラの息を更に狂わせていく。
 いつも拒まなければいけないと思うのに、気付けばこうしてフラガの腕の中に絡み取られているのだ。
 あまりにも簡単に翻弄されてしまう自分が情けない。
 キラは下唇を噛んで声を堪えながら、ピクンと眉を跳ね上げた。
 どうしてこうも易々と狂わされてしまうのか。どうして抵抗の一つも出来ないのか。
 そんなキラを見て、ククッとフラガは喉で笑った。
 そしてキラの体をくるりと反転させると、露になったソレを軽く弾いて、キラの首元に顔を埋めた。
 チクリと痛みが走って痕が残る。
「お前の肌は痕が残りやすいなァ・・・ホラ、昨日の痕も残ってるぜ」
「付けないで下さいって――言ってるのに」
「知ってるか? 止めろって言われたらやりたくなるモンなんだ、人間てのは」
 口元を軽く上げてそういうと、フラガは更に一つ痕を作る。
 キラはざらりとした舌が鎖骨をなぞる感覚に僅かに肩を揺らし、不規則な息を吐いた。
「・・・大体・・・、どうしてこんな時に――? 戦闘配備なんですよ、今は・・・」
「判ってるさ。そんなことはな」
 フラガはぐっとキラの体を抱き上げると、その体を更衣室のソファに預けた。
 そして足を開かせると、すっかり光の下に晒されたその体に圧し掛かる。
 キラの軍服のズボンは既に足の先に引っかかっている程度で何とも頼りない。
 フラガはキラの顔に自分の顔を近付け、キラの顔があからさまに強張るのを見て苦笑した。
「――やっぱりキスは嫌なんだな」
 そう言って、口付けを唇にではなく、頬へと落す。
「別にキスだけじゃ・・・ありませんけど」
「ココはこんなになってるのに?」
「――ッあ・・・」
 蕾の入り口を取り出されたフラガのソレで突かれ、キラの唇が震える。
 その唇にフラガの唇が触れたことは、今まで一度も無い。
 それはキラが頑なに拒んでいるためだ。
 初めてフラガに求められた時、キラが言ったのだ。体は自由にしてくれ、その代わり絶対に口付けるなと。
 それ以来、真面目なのか、あるいは自分を抱いていることへの罪悪感が少しでもあるのか、フラガは決してキスをしない。どうしてキスをさせないのかということも尋ねない。
 ただ、毎夜のように気持ちの篭らない行為を交わし、熱を交わす。それで善いと思っているのだろう。
 尋ねられないことはキラにとっても好都合であった。総てを打ち明けてしまえば、きっとこの関係も、あるいはパイロットとしての先輩後輩の関係さえも崩れてしまうだろうから。
 だが、最近のフラガはいやに意地が悪いことがある。わざと部屋のロックを外して行為に及んでみたり、自分の体が敏感になっていると知りながら最後まで達しさせてはくれなかったり。
 今だってそうだ。更衣室でこんなことをするなんて馬鹿げている。軍倉庫の傍ではマードック曹長が待ちくたびれていることだろうし、いつ敵襲があるかも判らないというのに。
 それでも断りきれない自分。
 それはただ単に相手が上官だからというわけではなく。
「・・・ッあ・・・っ!!!」
「・・・っ」 
 一気にフラガのソレが押し入ってきて、あまりの圧迫感にキラは喘いだ。
 フラガもキツさにうめいて声を漏らす。
 こうして――体を重ねることを、キラは嫌いではない。熱を誰よりも近くに感じる瞬間は好きだ。その一瞬だけでも、まるでフラガが自分のものであるかのような錯覚に陥ることが出来る。
 だが口付けだけは駄目だ。
 そしてキスをさせないことが、キラにとって最後の砦になっているのだ。
「ア・・・少佐・・・、少佐ぁ・・・っ――」
 何度も名前を連呼する。その声にフラガは一瞬眉間に皺を寄せ、それはすぐに体内の熱の膨張という形で顕著に表れる。
 本当は、フラガが官職名ではなく名前で呼ばれるのが好きだと言うことを、キラは知っている。
 だが呼ばない。
 呼ばないうちはフラガは「少佐」であり、どこにでもいる「少佐」の一人であると思うことが出来る。
 キラは怖いのだ。
 その人でないと自分が駄目になってしまうことが、この上なく怖いのだ。
 たった一人を決めてしまうのが怖いのだ。
 だからどんなに口付けたくても、決してそれを許しはしない。
 どんなに名前を呼べと言われても、決してそれを口にはしない。
 それこそが最後の砦だ。
 そうでなくては自分は壊れてしまうだろう。
 誰にも言わない不安だ。今ですら失ってしまうのが怖い。自分が一瞬目を逸らせば、皆が死んでしまう。友達と居場所を喪ってしまう。
 壊れるのは嫌だ。
 喪うのは嫌だ。
 だからもうこれ以上大切なものなど作らない。
「あァ・・・っ、少佐――ッ・・・・!!!」
 たとえ苦しくとも。
 どれだけ胸の奥が激しく疼いたとしても。
「キラ・・・・・・っ・・・――――」
 最後にフラガが何か呟いているような気がしたが、キラは既に聞くことも出来ずに、目を閉じて絶頂へと駆け上った。

 

 

 


 

『システム、オールグリーン』
 ミリアリアの声がストライクの中にも聞こえている。
 ストライクへのものではない。スカイグラスパー、フラガ機への指示だ。
 スカイグラスパーのすぐ後ろに準備しているストライクの中で、キラはハッチの向こうで既に見えなくなったスカイグラスパーに目を細めた。
 ブリッジへの接続はまだされていない。ハッチ越しの声がストライクにも聞こえているのだ。
 画面にはまだミリアリアではなく、カシャカシャとキーボードを叩き、セットアップを総て完了させたフラガの姿が映っている。
 いつもの映像だ。
 だがキラは一瞬灼熱のような痛みを感じて、パイロットスーツの上から首筋を押さえた。
 気のせいだと言うことはわかっている。しかしそこにある痕が妙に疼いたのだ。
 キスマークは残さないで欲しいと思う。むしろ何も残して欲しくは無い。
 縛られてしまうのが怖い。
 縛られて離れなくなってしまうのが怖い。
 さっきの行為の余韻なのか、そんな言葉が頭にちらついて、キラは弱く頭を振った。
『坊主』
 フラガの声に、キラはハッと顔を上げた。
 いつの間にか、発進準備をしていたフラガのカメラへの視線が自分を見ている。
 ヘルメット越しの視線。蒼い目。
 フラガは不意にヘルメットの顎の部分に手をやると、フルフェイスのヘルメットの、口元の部分を外した。
『スカイグラスパー、どうぞ』 
 ミリアリアの声が遠くに聞こえる。
 フラガの唇が動くのが、キラには見えた。
 
 キ ス し て く れ。

 声にはなっていない。
 だが、キラはその言葉がそうであると疑わなかった。
 時間がゆっくりと流れている。
 キラはおもむろにヘルメットを外すと、軽く腰をあげた。

 そして、目を閉じ、上部にある画面にそっと唇を近づけた。
 冷たいガラスの感触だったが、それで善かった。


 画面の向こうでフラガがどんな表情をしていたのか、キラは知らない。
 だが画面から唇を離した時には、スカイグラスパーは既に発進され、ブリッジからの接続要請を示すランプが点滅していた。
 ヘルメットを被ってそれをカチリと押すと、すぐに画面にミリアリアが現れる。
『ストライク、発進準備。ハッチへ進んで・・・・・・キラ?』
 ミリアリアの言葉が途中で止まる。
『・・・キラ、大丈夫?』
「――何が?」
『・・・え・・・だって、キラ――』
 ミリアリアが絶句したように言葉を止める。
 キラは頬を伝う熱さに、初めて自分が泣いているのだと知って、慌ててそれを拭った。
 もう一度ヘルメットを被りなおすと、画面に笑いかける。
「大丈夫だよ。・・・さあ、行こう。」

 思い出したのだ。
 ディスプレイに口付けた瞬間に。
 フラガがいつも達する前に、自分に囁く言葉を。
 おそらく自分にほとんど届いていないことを知っていながら、
 毎回いつも口にしている言葉を。
 まるで彼には相応しくないくらいの、真摯な言葉を。
 

 

 愛しているよ、と。

 


「キラ・ヤマト、ガンダム行きます!!」



 ――少佐。
 僕は貴方を愛しても善いのだろうか。 


 (終)






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