語られた夢の。



 その最期の瞬間に、人はどんな夢を見るのだろうか。

 


 ピチャン、と暗がりに水音がした。
「・・・夢?」
 少年の声だ。
「そうさ。お前ならどんな夢を見たい?」
 また違う少年の声がする。先ほどの少年よりは幾分落ち着いた声だ。
 歳の頃はどちらも十代の中ごろといったところだろうか。
「夢って――アレだろう、眠る時に見る」
 そう言うと、落ち着いた声が溜息をついた。
「まあそれも夢ではあるがな。私が言っているのは――そうだな、未来のことだ」
「・・・未来?」
 少年は首を傾げたようだった。
 短めの髪が揺れる。それは地上の日に照らされれば太陽のそれと同じ色を示すはずの髪の色だ。
 だがろくに互いの姿さえも見えないこの地下では、頼りとなるのは格子越しに見える松明のあかりだけだ。
 少年たちは一つの格子を挟んで同じ部屋にいる。
 時折この地下へと降りてくる白衣の男たちはこの場所を「牢獄」と呼んだ。少年たちは牢獄とはどういうものか知らないけれど、そこが罪を犯したものが住む場所だということも知っている。
 ならば自分たちは何か罪を犯したのだろうか。そう考えてもみるけれど思い当たる節はない。
「未来って言われてもなァ・・・」
 二人の部屋の向かいにも彼らと同じ歳くらいの少女の姿が見えるが、生憎眠っているのか二人の声にぴくりともしない。
 その隣にいたはずの少年は、今朝白衣の男たちに部屋から連れて行かれ、まだ帰ってきていない。
 何と言う名前だったかな、と短い髪の少年は思い出そうとした。
 だがその思考はもうひとりの少年の声によって妨げられる。
「どういう死に方をしたいかって聞いているんだ」
 そう言った少年の顔には、右目を断裂する傷がついている。おかげで少年は右目ではほとんどものを見ることが出来ない。
 地下で暮しているせいで視力そのものも落ちているのだが、元々目に関する遺伝子情報が欠損しているらしく、左目も微弱な視力しかない。だが既にその姿で過ごし初めて十数年、景色のない生活には慣れた。
 肩まである髪は先ほどの少年と同じく太陽に近い色をしているが、こちらは幾分色が薄い。
 落ち着いた少年の口調とそれは酷く似合っていた。
 もうひとりの少年が、あっけらかんとして、
「選ばせて貰えるのかぁ? 俺達に」
「さあな」
「大体、実験ですって連れて行かれて、注射されてオシマイなんじゃないの?」
「――かもしれんな」
 暗い地下に似合わない少年の明るい言葉に、視力のない少年は僅かに口元を緩めた。
 少年たちの両親が一体どんな条件でこの研究所に自分たちを渡したのか、それを彼ら自身が知ることは出来ないけれど、呼び出されては帰って来ない隣人たちを見ては「次は自分だろうか」と思う。
「・・・ま、結局のところ」
 短い髪をした少年が、不意に真面目な口調で表情から笑みを抜いた。
 もうひとりの少年が髪をかき上げながら格子の向かいを見る。
「不完全体なんだろ――俺達は」
「知っていたのか、ムウ?」 
「カルテが見えたんだよ。読めないとでも思ったのかどうなのか知らないけど、検査室の隣の部屋にあってさ。見ちゃったよ暇だったから。ま、予想はついてたけどなァ。毎月薬は飲まされるし」
 そんなことどうでもいいけど、と少年は背伸びをしながら言った。
 長い髪の少年は溜息をつく。
「不完全体、ねえ・・・」
「親もどうして気付かなかったんだろうな、双子だっていうのに」
「それどころじゃなかったんだろう。医者もな。だから二人分の遺伝子に一人分の遺伝子操作を行うなんてヘマをやらかすんだ」
「挙句の果てに欠陥品は返品どころか有効利用?」
 善いねえ、とムウと呼ばれた少年は口笛を吹いた。
 ラウもその言葉に苦笑う。醜い傷のついた右目も僅かに細められた。
 その傷は、二人が生まれた後で欠陥体であると判ったときに、絶望した二人の母親がラウにつけたものだ。
 誰がそのことを教えたわけでもないのだけれど、ラウはわかっている。何となく覚えているのだ。髪を振り乱した女が下半身から血を流しながら自分に果物ナイフを振りかざす光景を。
 勿論ラウは生まれたばかりだったのだし、それはラウ自身の妄想で作り上げた過去だったのかもしれない。
 だが一つだけわかっているのは、彼らの両親が彼らをこの「研究所」へ譲り渡した事実だけだ。
 そして恐らく――自分たちは普通の人間よりも長く生きることは出来ないということだ。
 ぼんやりとだがそれを二人は判っている。判っているから、笑えるのだ。
「不思議だな、私たちは生きているのに」
「そうさ。――それでもいつか死んでいく」
「くだらないな」
「くだらないねぇ」
 コンクリートで出来た地下の部屋に、ぼぅっと声が響いていく。
 ふとムウが思い出したように口を開いた。
「夢――なァ」
「どうした、何か思いついたか」
「思いついたって程でもないけど」
「どんなだ?」
「いや、お前が死に方なんて言うからさぁ」
 ガシャン、とムウは格子にもたれかかった。
「死ぬ時にさ、誰か傍にいたらいいよねえ」
 ラウの動きが止まる。
「・・・は?」
「出来ればコイビトとかが善いなあ。俺が死んで泣くような奴。一緒に死ぬのも善いけど」
「・・・・・・恋人?」
「そ。あぁでもやっぱアレだな。――俺が死んで、泣くの。泣いてくれる人が欲しいねえ」
 ムウの言葉に、あっけにとられていたラウは溜息をついた。
「何を言い出すかと思えば」
「だって夢だろ? 何言ったって自由じゃないか」
「そりゃそうだが――」
 呆れた口調で雑言を言いかけたラウは、ふと口を止めて何か考える素振りを見せた。
 そしてしばらくの間を置いて、そうだな、とひとこと呟いた。
「・・・夢だからな」
「だろ?」
「よし、ムウ――それじゃ賭けをしないか」
 その言葉に今度はムウが眉を顰めた。
 突然何を言い出すんだと言いたいような口ぶりで、
「賭け?」
「ああ。どうせ一度の夢だろう。ならば楽しもうじゃないか」
「何の賭け事をするつもりなんだ?」
「お前の夢と私の夢さ。どちらかが叶えばそちらの勝ち。どちらも叶えばドロー。どちらも叶わなければ、」
「ゲームオーバーってか。・・・善いねえ、面白そうだ」
 ムウの口元ににやりと笑みが浮かぶ。
「で、ラウの夢は?」
「条件はお前と同じだ」
「ほう。――なかなか手ごわいねェ」
「当たり前だ。一度きりで勝負が決まるんだ」
「じゃあ賭けるものはどうする?」
「そうだな、とりあえず――」
 そのとき、高らかに足音を立てて白衣の男たちが二人の部屋にやってきた。
 いつもと同じようにカードキーで手早く鍵を開け、二人にそれぞれの手錠が嵌められたのを確かめて通路へ連れ出す。
 手錠をまた二つ加えられ、窮屈な姿勢で二人は部屋から出された。
 ラウは後ろ手で纏められたまま、体を捻って振り向いた。 
「・・・命というのは、やめておこうか」
「――だな」
 二人は笑みを交わすと、左右逆の通路へ去った。 
 

 

 

 


 その夜、月本部のとある遺伝子研究所から、「研究体」が二体「紛失」した。
 研究所は不完全体のそれらを追うこともなく、また新たな実験体を求めた。
 そして二体はそれぞれ「違う」人々に助けられ、「違う」人間として育てられ、「違う」軍に所属することになる。
 

 

 彼らが歳を重ねて共に一つの戦争に参加し、そして互いの夢を思い出すのは、また別の話。


 (終)






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