Liar



 自由とは何か。
 誰かが問うた。
 嘘付きの我侭さ。
 ある男が答えた。

 

 

 静まり返った廊下を歩く。
 出来るだけ足音を立てないように、そっと。
 そして誰にも気付かれないようにシビアコンソールのロックを外すと、それが履歴に残らないようにプログラムしてから扉を開いた。
 その向こうにはまた扉があり、同じように慣れた手つきでロックを開いていく。
 いけないことだと頭ではわかっているせいか、テンキーを叩く指が震えた。
 扉の向こうにはまた扉が。その向こうにも扉が。
 それをじれったく思いながら、ロックの解除を四、五度繰り返すと、不意に目の前に空間が開けた。
 一面の暗闇が広がっている。が、ある一部だけはぼうっと薄明かりに包まれていて、その明かりに照らされているものこそが目的のものだった。
 ゆらりゆらりと夢遊病者のようにそれへと歩み寄り、それを囲んでいる冷たい格子に縋る。
 そこから先は特殊なIDカードが必要となるため、それに直接触れることは出来ない。
 それでも薄ぼんやりとした明かりに照らし出された姿に安堵の息をついて、格子に体重をかけた。
 と、そのときだった。
「愛機が恋しいのか?」
 パッとライトで照らし出され、少年は立ちすくんだ。
 ライトはすぐに少年から外され、それを持っている男の姿を浮かび上がらせる。
 一瞬体を強張らせた少年は、その男が誰であるかを見とって浅く息をついた。
「――フラガ少佐」
「あんまり感心できないなァ、ヤマト少尉。こんな夜中にこんな泥棒サンみたいな真似をするのは――ね」
 フラガは茶目っ気たっぷりに片目を閉じてそう言うとキラに歩み寄った。
「少佐、どうして――ここに」
「んー? 夜のお散歩に出かけようとしてたら、お前が部屋を出るトコを見ちまったもんでね」
「・・・ぁ・・・」
「真夜中に部屋を出るっつったら夜這いしかないじゃないか。そりゃあいけないと思って後を追ってきてみれば――」
 フラガは手に持っていたライトをカチッと消した。
 そしてキラが触れている格子に囲まれた巨大な物体を見上げた。
「・・・ストライクに夜這い掛けにきてたわけだ」
 フラガの声に、キラは何も答えない。
 総ての解析が済むまでストライクが厳重な管制下に置かれることは知っていた。
 そして自分はストライクを自由に操縦できる唯一の人間として、決して一人でストライクに触れてはならないと厳しく言われていたことも。
 その約束を破ればどれだけ地球軍に不利になるか判っていた。
 それでもどうしてもストライクの姿が見たくなって、立ち入り禁止の表示を無視してシビアコンソールに手を掛けたのだ。
 キラは大きく息を吐き出すと、
「貴方が気付いたということは、管制室には気付かれているんでしょうね」
「さあな。それはどうだか。お前も綺麗にロック外してたし?」
「コンソールロックは全部掛け直したはずなんですけど」
「生憎だな、俺にもあれくらいのロックなら外せる」
 地球軍少佐をナメてもらっちゃ困るさ、とフラガは気軽な口調で言った。
 実際、オーヴの特殊居住区からこのストライクの納庫へ入るまでのロックはそれほど厳しくない。そもそも特殊居住区に住む人間自体がきちんと身柄の割れた人間だという理由からなのだろうが、平和の国の油断だろうか、こんなところに余裕が見えてキラは苦笑した。
 そんなだから、ヘリオポリスはあれだけ簡単にザフトに攻撃されたのだろう。
 外壁の厚い戦艦ほど中身は脆いものだ。
「言う、おつもりですか」
「何を?」
「僕の規定違反を――オーヴ側に」
 キラがそう言うと、フラガは「そうだなァ」と軽く背伸びをした。
「考えてやってもいいぜ。お前次第さ」
「――僕次第?」
「俺の質問に正しく答えれば、言わないでいてやってもいい」
 キラは首を軽く傾けた。
 フラガはストライクを囲む厳重な格子に手を絡ませると、カシャンと一度それを揺らして言った。
「どうしてこんな夜中にこいつを見に来たか」
 キラは丸く目を見開き、それからふいっと顔を背けた。
「上の人間に言えば顔くらい拝むことは出来るだろうに。わざわざこんな危険を冒さなくても」
「・・・・・・」
「それとも本当にこのIDロックまで外してストライクを連れ出すつもりだったのか?」
 カケオチは上官の許可がいるんだぜ、とフラガは相変わらず軽い口調で言った。
 キラは顔を背けたまま、ぽつりと呟いた。
「もしそうだとしたら――どうします?」
「そりゃまぁそのまんま見逃すわけにはいかないな」
「僕を・・・除隊しますか?」
「――そう出来たら善いんだがな」
 フラガはもう一度格子を揺らして苦々しげに言った。
「アラスカの上層部から命令が入ってるんだ。何があってもお前を除隊させるなってね」
「・・・どうして」
「お前が――コーディネーターだからだろ。お前はもうこれ以上ないってくらいに軍の機密に関わっちまったわけだし」
「もし、どうしても除隊したいと・・・」
「頼むからそんなことは言い出してくれるなよ。お前が本気で言い出したら、俺は――」
 フラガはそこで口を噤んだが、フラガが何を言いたかったのかキラにはよく判った。
 だから黙ったままで、そっと格子から手を離した。
 体重を掛けていたためか、金属製の格子が小さく鳴いた。
「生憎、銃器は使い慣れてないんでね。――使わせないでくれ」
「・・・判りました」
 キラがようやく口を開いた。
 フラガは頭をがしがしと掻くと、
「ま、お前にとってはこの国は故郷なワケだし? 帰りたくなった気持ちは判らなくもないがな。そこは軍人だろ、弁えろ」
 フラガがそう言うと、キラは誰にもわからないくらいに僅かに目を細めた。
「別に、――そういうわけじゃないですよ」
「・・・?」
「ここがオーヴだから除隊したくなったわけでも、家に帰りたくなったわけでも、ストライクを連れ出したくなったわけでもなくて」
 キラは震えるような息と共に言葉を吐き出した。
「・・・どこにいていいのか、わからなくなったから」
 キラの言葉にフラガは眉を顰めた。
「どこって――お前、部屋はあるだろう?」
「ありますよ。でもそこにはフレイがいて、朝起きて晩眠るまではずっとオーヴの誰かが傍についてて――」
 人間というのは傲慢だとキラは思う。
 誰かが傍にいないと駄目なくせに、見張られているのは神経に悪い。
 朝から晩までオーヴの人間に監視され、部屋に戻ればフレイが自分を待っている。
 どこにいっても誰かがいる。一人にして貰えない。息がつけない。苦しくなる。
 苦しくなって、ひとりになりたくて――、誰からも離れられる空間、ストライクのあの狭いスペースが恋しくなった。
 あのハッチの中では誰も邪魔なんかしなかった。眠ることも泣くことも、ストライクは許してくれた。
「――甘えだっていうのは判ってるんですが」
 未だ新しい生活に馴染めずにいる自分の甘えだということはキラにもわかっている。
 それでもストライクと共に生まれた自分の軍人としての運命なのだから、ストライクと共に在る方が善いような気がしたのだ。
 そして今そのストライクは、薄暗い明かりに照らされ、まるで別人のような顔をしてキラの前に立ち上がっている。 
 フェイズシフト装甲の切れた灰色のストライクはとても無機質だが、決してキラを拒絶しない。否定もしない。
 コーディネーターだからといって自分を差別しない。区別しない。その感情のなさがキラには嬉しかったのだ。
 たとえ自分が誰であろうと構わなかったのだから。
 フラガは苦笑を口元に溜めて、
「お前にとっては人よりメカの方が温かいんだな」
「人も温かいけど――弱いですから」
「それもそうか」
 フラガは小さく息をついた。
 そしてストライクを見上げると、 
「・・・自由になりたいのか?」
 と尋ねた。
 キラは少し戸惑った後、答えた。
「その為の戦争でしょう」
「戦争が終われば自由になると思うか?」
「ならなきゃ――嘘だ」
 キラは吐き捨てるように言った。
 脳裏に、トリィをくれた優しい少年の顔が思い浮かぶ。
 そしてあの宇宙で、自分に手を差し伸ばした強い少年の顔が。
 戦争が終わればあの手を取れるのだ。――何の躊躇いもなく。
 フラガはそっとキラの前に立つと、キラの体を格子に押し付けるように、手のひらを格子に絡ませた。
 キラの背に格子が触れる。そしてキラの前にはフラガがいる。
 キラにはフラガの行動の意味がわからず、そっとその長身を見上げた。
「――少佐?」
「自由なんてのはな、自分の都合さ。――戦って勝ち取るモンじゃない」
 ぐっと整った顔が近づけられる。
 仄かに煙草の香りがした。
 キラは強張ったように動くことも出来ず。
 少佐、と言いかけた唇を一度塞がれた。
 それが軽く離れ、
「――だから俺達は皆、嘘付きなのさ」
 そう言った声が聞こえたかと思うと、キラは篭った熱を唇に感じた。
 冷たい格子の感覚を背に感じながら、そっとそれに身を任せた。 


 (終)






BACK