NOT NEED TO CALL


 金色の髪がたゆとうようにシーツに広がっている。
 あの頃から比べて、信じられないくらいに伸びてしまった髪。
 似合うとか似合わないとか、そんなことは思わない――ただその長さが、彼には不釣合いな気がして。
 そう思うのは、自分がフリーダムに乗らない間にそれだけの時間が経ったのだと認めるのが怖かったからなのかもしれない。
 二年、それを短いと思うか、長いと思うか。
 新たな戦いが起こりつつあることを考えれば、条約締結からたったの二年で、とも思うし、宇宙でストライクの破片を集めたときから、もう二年、と思うと、その期間は余りにも長かった。
 手を伸ばす。整った顔にくっきりと付けられた傷。それに触れようとして、寸前で指先を止める。目覚めて欲しい気持ちと目覚めて欲しくない気持ちが自分の中で必死に抗う。目覚めれば彼は彼でなくなってしまうのだ。
「ムウさん……」
 だから目を閉じたままの彼にそっと声を掛けた。医務室の中はシンと静まり返っている。けれど、キラ以外にキラの声を聞く者はいない。たとえ彼の意識があったとしても、この声には返事をしないだろう。それをキラは先ほど既に経験した。
 ずっと見つめていると、視線に気付いて彼が目覚めてしまいそうで、キラは視線を泳がせる。艦長が残したフィジカルデータがパソコンの画面に表示されていた。
 総てのバイオアイデンティファイ、合致率99.9%。
 バイオアイデンティファイ――生体照合、それが決して100%になることはないことをキラは知っている。不運なことに、自分と全く同じ人間をひとつ作り出すことが可能な世界になってしまった。そうして狂わされた男を、またキラは見てきた。彼と共に見たのだ。あの、自分が生まれた場所で。
 思い出せば限りが無い。彼の笑顔は幾らだって思いだせる気がした。今まで思い出さないようにと閉じ込めていた心の奥からどうっと溢れるように思い出が零れる。
 初めてガンダムに乗った日。
 初めてガンダムを降りた日。
 初めて剣を握った日。
 ……それは初めて人を殺した日。
 あの日からもう、二年以上も経つのだ。ヘリオポリスで偶然ガンダムに乗り、そして偶然にあの戦いに巻き込まれてから。
(もう、忘れてしまったと思っていたのに)
 刃を交わした瞬間、思い出した。
 その太刀筋、攻撃の交わし方、爆雷の打ち込み方、それら総てが――本当に突然、身体に染み付いていることに気付いた。
(知っている、と思った) 
 こういう戦いを誰かとしたことがある、と思った。……最初は。
 それが誰であるか気付いたとき、戦慄に近い衝撃が身体を突き抜けた。
「……ムウさん」
 画面の上の確率、99.9%。
 そんなものよりずっとずっと確かなもので、
(判ってしまった)
(どうせなら)
(気付かなければ善かった)
 そうすれば、ただ地球軍の軍人であるという彼を、自分は地上に落とし、ただ先頭不能にしさえすれば善かったのだ。その身体を気遣う必要も、戦う途中でさえ思いを馳せる必要もなかった。
(なのに)
 気付いてしまった。
 助けてしまった。
 この人を。

「だから、それは誰だって言ってるだろ」

 声にハッとする。
 慌ててベッドを振り向くと、目を開いた「彼」が訝しげな目でこちらを見ていた。
 一瞬言葉を失ったキラに、「彼」は苦く笑ってみせる。 
「それとも、そのムウってのは、この艦での捕虜の呼び方なのか?」
 頭が上手く回らない。喉がつっかえたように乾いていた。
 首をゆっくりと横に振る。それだけで精一杯だった。
「……違います。それは、あなただから」
「じゃあ、もしや俺のニックネーム?」
 おどけた調子で首をかしげてみせる。
 真剣なことすら、こんなふうに茶目化して言う人だった。
 喉元が信じられないくらいに熱くなる。泣くまい、と決めたのに涙が零れそうになる。
「それともコードネームなのかな?」
 その問いにやはり首を横に振る。
「……あなたが」
 ムウ・ラ・フラガだから。
 その一言が言えずに、キラは唇を噤んだ。
 彼が彼である、と気付いてから、地球軍に愛想を尽かした筈の彼がどうして地球軍の高官に、という疑問は当然浮かんだ。それに答えを出すより先にウィンダムの手足をなぎ払っていたのだが――その答えが、こんな仕打ちなどとは思ってもいなかった。
(それでもあなたは)
(ムウさんなのに)
 その名を彼の前で呼ぶだけで、喉で堪えている熱いものがそこを通り過ぎてしまいそうで。
 そのために唇を止めた筈なのに、目から頬に濡れた感覚が広がっていくのが判った。
 キラが頬を引くより先に、つながれたままの両手、その片方の手で、彼がキラの頬に触れる。キラは身体が強張って思うように動けない。
 その目がキラを見る。優しいけれど、つめたい目。初めてひとを見る目で彼はキラを見た。
 困ったようにその眉が下がるのが分かった。
 つながれたままの両手が頬を包む。
「どうして、泣くんだ」
 顔をゆがめているのはキラだけではなかった。恐々と触れるように、彼の指先が頬を包む。
(体温も声も言葉さえもあなたなのに)
(この指先だけが)
 それを否定する。
 彼はそんな他人行儀な触れ方なんてしなかった。
 触れる指先を外して、キラは目を閉じる。

 そのまま、彼の唇に己のそれを触れさせる。

(軽蔑するだろうか)
 こんな事をする自分を、彼は。まして自分は男だ。それなのに。
 自分が彼にとって初対面の人間であるなら、それは当然のことだった。
 押しのけられるのを覚悟でそうしたのだ。
 だから。
 彼がそれを受け止めるように唇を重ねたのを感じ、どくりと心臓が跳ね上がりそうになる。
 重ねた唇は何度か向きを変えて触れ合わされ、何度目かで目と目を交わし――それが合図であるかのように、彼は唇をちろりと舐める。
 キラは体中が心臓になってしまったかのように脈が耳の後ろでどくどくと鳴るのを聞きながら、唇を薄く開く。
(こんなところまで)
(変わってない)
 自分だけが気付く、唇の触れ方。
 無言のまま布ずれの音にキラは引き摺られる。
 両手を縛られた彼をまたぐようにベッドに上げられると、彼を見下ろす。
 
 呼ぶ名前なんて、要らない。

 首元に口付けを落とされる、その熱さを感じながら、キラはゆっくりと目を閉じた。


(終)


日記に書いたPHASE-33補完ネオキラ。
この続きをネオサイドで書こうかどうしようか悩んでます(笑)
書くとしたらエロになっちゃう……(げふげふ)